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第82話 山川家
凍夜の母は愛のない結婚をして、それは有り余る資産のせいだと感じていた。
生まれた時から当たり前にあった財産は、それでも勝手な事は出来ず、子孫が続く限り、継承していかなければならない。いっそ無くなってしまえばいい、と彼女は何度も思ったが、資産管理の目は厳しく、優秀な番頭が握っていた。
いくら無駄遣いしてもいい、どんな贅沢も許される。しかし丸ごと何処かに寄付したりするのは認められていない。おかしな遺言が遺されていた。
あまりにも莫大な財産は、一人の人間が使い切るのは不可能なのだ。
寄付やギャンブルに大きく使い果たしてはいけない。
そんな申し送りが脈々と続いている。それは人をダメにする。遊んで暮らせ、という縛りは、実は途轍もなく辛い事だった。
生まれつきの跡取り娘は、この業が、次世代に繋がることを憂いていた。育ちの良さから、自分では、決まりを破れない。
それで、一人息子が好き勝手な事をしても、ケガや病気、そして犯罪に巻き込まれる事以外なら
なんでも許して来た。
そして、やがて結婚し子供を作る事を恐れていた。
財産の増える一方のこの家を続けて行く事が、恐ろしいと感じていた。
息子が男を愛している。その事を知った時、母はどんなに嬉しかった事だろう。
もう後継に呪われた財産を継がせなくていい。
後継などいらない。
周りが無理にさせるのでは無い。自然の流れがこの山川の家を終わりにする方向に動いた。
こんな喜ばしい事はない。母はこの家の番頭に、自分の気持ちを打ち明けた。
「お嬢様、私は昔から山川家にお仕えしてきました。私の代で、いえ、お嬢様の代で、終わらせてよいものか?」
年老いた番頭は、悲しげな中にも、少し安堵の表情を見せた。
そんないきさつもいずれは凍夜に知らされるだろう。
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