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第91話 父の事
もう随分時が経ってしまった。父がいなくなって、ミコトと母は、ひたすら忍耐の日々だった。
それでも男は父親面して世間を欺いてきた。
何もなかった事にはしたくない。
キースの調査報告書を凍夜とミコトは見た。謎なのは本当の父親の消息。
母に聞いてみる。
「父さんは鬱病だったの?」
「いいえ。私には信じられない。そんなヤワな人ではなかったわ。
学生時代はサッカーをやっていて、細かい事には拘らない、頑張り屋で精神力のある人だった。
いなくなったのも不思議だけど、自死なんて絶対にする人じゃない。
鬱病の人は、周りにはわからない苦しみがあるのね。強いとか弱いとかじゃないのかな。」
ミコトは自分が何も知らない事に気が付いた。
情報収集をキースに頼る。母からもその頃の事を思い出してもらう。
「お父さんがいなくなる直前に、あの男が家に来たのよ。
会社の仕事が滞っているって、ものすごく怒って乗り込んできた。」
連日続く残業で、身体の不調を訴えて、父が2日ほど会社を休んだ矢先の事で、母は事情がよくわかっていなかった。
「君の担当の取引先が倒産したよ。
回収出来ない手形が回っているだろう。
こんな時に会社を休んでると、君が仕組んだ事だと思われるよ。」
酷い言いがかりだった。倒産した取引先は、この男の客だった。しかし、父が会社を休んでいる間に、大きな損失を出して倒産した取引先の失態は全部、ミコトの父のせいにされた。
男が勝手に進めた取引は全てミコトの父一人の責任になっていた。
一緒に進めていた同僚は、硬く口止めされ、不満のある者やミコトの父を庇う者たちは、ある者は左遷され、またある者は任を解かれ、閑職に追いやられた。
納得いかない者は退職していった。キャリアに傷をつけたくない者だけが口をつぐみ現職にとどまった。
父は行方不明。責任を放り出して逃げた事になっている。
会社に大きな損失を出して刑事訴追される案件を、男が救った事になっていた。
これでは、残された家族は、恩に報う事を半ば強制される。
そんないきさつの母の再婚だった。
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