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第94話 実の父

「こんにちは!」 「こんにちは!」 「おはようございます。誰かいませんか?」  小屋に声をかけると、中から迷惑そうに髭もじゃのおっさんが出て来た。  お茶を出してくれた。何かの薬草だと言う。 「ニガッ、不思議な味。」 「ドクタミとイカリソウ、それからヨモギを干した物のブレンド。  身体にいい。間違えて朝鮮朝顔をお茶にする人がいる。死ぬよ。」 「えっ? ご,ご馳走様でした。苦いです。」 「ああ、苦いのは胃腸に効くんだよ。」 「じゃあ、俺に少し分けてくれませんか? 俺、胃が弱いんで。」  おっさんはニコニコして小さな袋に干した葉っぱを入れてくれた。凍夜は気持ちです、と言って何枚かの札を渡した。 「悪いねぇ。これ,麓で土産で売ったりするんだよ。」  おっさんはニヤニヤして金を受け取った。生活に困窮しているようだった。 「それで、おじさんは15年前にここに来たって聞いたんですが。」  ミコトも苦いお茶に顔を歪めながら、 「偶然ですかね。 同じく、15年前ならこいつの父親を知ってるんじゃないか?って事で。」  髭もじゃのおっさんは、見た感じよりは若いようだ。 「ああ、知ってるよ。一緒に山に入ったんだ。  父親は亡くなっていた。身分証明書の類は一切持っていなかったため、行旅死亡人として届けられ、官報に載ったという。 「おじさんは父とどうやって知り合ったんですか?」 「麓の居酒屋で、お互いの考え方に共感した、とでも言うかな。 自然の中で暮らしたい、と言っていた。 山は特殊な所なんだよ。同じ空気を吸っていると何かが見えてくる。でもお互いの事は何も語らなかった。」  父は初めての山登りで、必要な物を全部買って来た、と言った。みんなピカピカの新品で、初心者だな、とわかったらしい。  父は小さなテントを持っていた。中で火を焚いて自炊するつもりのようだった。  ある朝、起きて来ないので覗いたら、死んでいた,と言う。 「一酸化炭素中毒だった。テントに慣れてなかったようだ。炭を起こして珈琲でも入れようとしたのか、小さなヤカンがかかっていた。」  狭いテントで気付かないうちに倒れたらしい。

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