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第5話
――オフだったので、新しい洋服を買った。
というような内容のブログに画像が添付されていた。彼にしては、少し派手な印象を受けるTシャツを身に着けていてそれが存外、似合っていた。
無邪気に笑って映るその姿に、左の口角が上がる。
「お、高野がやらしい顔してるなぁ」
からかうようにそう声をかけてきたのは、同じ事務所で五歳年長の俳優・雨粒虎雄だった。
「綺麗なお姉ちゃんの写真でも見てんの?」
見せて見せてとねだってくるので、画像を見せると虎雄は懐かしそうに眼を細めた。
「誰かと思ったら、ラスティか。相変わらずキレイなお顔だねぇ」
虎雄はしみじみと言って久秀の隣に座った。
そして、タバコに火をつけて美味そうに吸う。久秀も同じようにタバコを吸った。匂いの違う煙がまじりあう。
今、この場には二人しかいない。事務所の喫煙室は、秘密の話をするにはもってこいの場所だ。
久秀の様子から、何か話したいことがあるのだと察した虎雄は、相手が切り出すのを待つ。
「俺、好きなやつできたんですよね」
その瞬間はすぐにやってきて、世間話をするような気軽な口調で久秀が言うものだから、虎雄はそれが大きな意味合いをもつことになるとは、思わなかった。
「そりゃいいことだ。お前のハートを射止めた仔猫ちゃんはどんな子?」
笑って虎雄もまた何気ない会話であるように返す。久秀もいい歳だ。プライベートか共演者のなかでいいなと思う人ができたのだろう。それは実に喜ばしいことなので、虎雄も素直にそう伝えた。
虎雄の軽口に久秀は笑って、そのままスマートフォンの画面を見せてきた。そこには先ほど、虎雄が見たラスティアス・ライジェルの画像があった。
「ラスティアス・ライジェルっていうんですけど」
「……は」
口にくわえていたタバコがポロリと落ちる。慌ててそれを拾い上げて、灰皿のなかに捨てた。
「マジ?」
思わず、そう訊いてしまった。久秀はよく分かりにくい冗談を言うことがある。なので、今回もそれなのだと考えた。久秀がラスティと仲がいいのは虎雄も知っている。よく共演しているし、買い物にも行っている。
なので、可愛い弟分として好きなのだと思いそうになったが、それは大きな間違いだったようだ。
久秀は無言でうなずいて、タバコの煙をゆったりと吐き出した。
「あの子はお前がどっちもイケるって知ってんの?」
「告白したときに、自分で勃つのかどうか聞かれたから、勃つよって答えました。ついでに、お前だったら抱けるって」
「それはちょっと性急すぎないか?」
さすがに虎雄も呆れてしまった。久秀が恋愛に対して、大らかであるということは知っている。虎雄としても、そこに奇異の目や偏見は持っていない。
しかし、相手が果たしてそうなのかどうかはわからない。
ラスティからしてみれば、これまで兄貴分として尊敬してきた相手から、告白されて性の対象として見られるということを告げられれば、困惑もするだろう。
「そうかな。キスしたときも嫌がられなかったし、していいかって訊いたら、うんって応えてくれたから、脈ありだって思ってるんですけど」
「その自信はどこから来るんだ」
タバコを灰皿に押しつけながら虎雄は改めて問う。
それに対して久秀は平然として、
「自分だからじゃないですか?」
と答えた。
事実であるのだろうし、経験則上そう思っているのだろう。その自信を裏付けるだけのものを虎雄も隣で見てきたから疑うことはできないが、それにしても、と呆れてしまう。
「しかし、そうかぁ。高野がラスティをねぇ」
「悪いですか?」
「いいやぁ、いいんじゃない。俺は応援するよ」
恋愛をしていいも悪いも、それは個人の自由だ。たとえ相手が同性であったとしても、虎雄はその権利を奪うつもりはない。
そのことが久秀に伝わったのか、ほっと安心したような顔をみせた。
「虎雄さんにそう言ってもらえてよかったです」
そう心底ほっとしたように言う久秀は、珍しく素直な態度であるように思う。だからこそ、虎雄は久秀が本気なのだとあらためて理解する。
もちろん、その本気を馬鹿にする者もいない。虎雄は虎雄なりに、久秀の本気を応援するつもりだった。
「それじゃあ、ちょっと協力しようか」
これは久秀のためでなく、ラスティのためだ。もしもまた久秀がなにかしでかしたときに、ストッパーになってくれる人物がいてくれると助かるだろう。
そう思っての申し出だったが、まさか久秀からこんな反応があるなんて思ってもいなかった。
「あー、それはダメです」
「……なんで」
「アイツ、俺のなんで」
ぱちくり、と自分のまばたきの音が聞こえた気がした。
こんなにもわかりやすい独占欲を久秀から向けられる日がこようとは、虎雄は夢にも思わなかった。
「え、なに。もしかして、告白して成就したばかりなの?」
「いや? 返事は聞かせてもらってないですよ」
へらりと笑う久秀に虎雄は頭を抱えた。
「お前、そんなんでよく……」
「だから、これから頑張るんですよ。とりあえず、まずアイツに俺のことを意識させるところから始めようかと」
さらりと久秀はそう言ってのけた。
虎雄は、ただただ呆気に取られて久秀を見つめることしかできない。
「これからガンガン攻めていこうと思ってるんですけど、ダメですかね?」
「いや……いいんじゃないか? それで」
ここまで言うのなら好きにさせてみればいい。虎雄が首を突っ込むようなことではないだろう。
しかし、一つだけ気になったことがあった。それが顔に出ていたのか、久秀はすぐに口を開いた。
「俺のことを好きとか嫌いとかは今はわからなくてもいいです」
はっきりとした口調だった。これから、もっと攻めると言っている人間の口調とは思えなかった。
「ただ、俺の告白をなかったことにしないでくれたら、いいです。それだけで充分です」
「それだけ?」
思わず訊き返すが、久秀はそれ以上答えるつもりはないのか、軽く笑みを浮かべるだけだった。
とにかく、これが恋をした男の本気なのだということはうかがえた。
あとはもう自分でなんとかするだろう。虎雄にはもう言うべきことも、助言も見つからない。
「高野のことは応援するよ。でも、ラスティに無理強いはダメだからな? あと、迷惑もかけたらダメ」
「わかってますって」
久秀は軽い調子で答えて、タバコの火を灰皿で消した。
「興味本位にあと一個だけ聞いていい?」
「いいっすよ」
「ラスティのどこが好き?」
やはりそれは気になるものだ。虎雄が問うと久秀は「どこだと思います?」と問い返してきた。
うーん、と虎雄は悩む。
しかし、どんなに悩んでみても、久秀がラスティに固執する理由は分からなかった。
なぜなら、この男はとにかくモテるのだ。それなりに女遊びもしていたようだし、男もイケるクチならいくらでも相手を選べるはずなのに、なぜそこまで執着するのだろうか。
確かにラスティは綺麗な顔をしている。性格も素直で明るく人懐っこい。頑張り屋で感激屋。面倒見のいい久秀が惹かれるのもわかる気はする。
「……全部、かなぁ」
結局、ベタな答えしか思いつかなかった。
「じゃあ、それでいいです。全部、好きです」
久秀は笑って言うと喫煙室から出て行った。
虎雄はその後ろ姿を見ながら、上手いことはぐらかされたか、と思った。
もちろん、顔や性格も好きなのかもしれないが、それ以外に彼を夢中にさせるなにかをラスティは持っていて、それが自分のなかにピタリとハマったから惚れたのだろう。
だが、それを訊いたところで、久秀が答えるとは思えない。久秀は妙に頑ななところがある。
となると、虎雄ができるのは、そんな久秀の恋路を応援することだけだ。
「また面倒なやつに好かれたなぁ」
虎雄はラスティに同情しながら、二本目のタバコに火をつけたのだった。
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