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第14話
「へぇ、やっとお付き合いはじめたんですね。おめでとうございます。セックスはしたんですか?」
「せっちゃん……それはちょっと……デリカシーなさすぎよ」
ニコニコとした無駄にいい笑顔で言う靖に、すかさず京楽がツッコミを入れる。
長かったオフの終盤、ラスティは靖に、晴れて久秀とお付き合いをすることになった、と報告した。その場にはなぜか京楽も同席しており、こうして三人で酒を飲んでいるのである。
「キスはした」
「ヒュー、情熱的ですね! まぁ、長い病院生活だと溜まるものも溜まりますし、フェラで抜いて差し上げるのもいいかと思いますよ」
「せっちゃんはちょーっと黙ろうな」
酒が入って上機嫌なのか、それとも二人の関係が上手くいって喜んでいるのか分からないが、下品な下ネタを連発する靖の口を手で塞いだ。
「……やっぱ、したほうがええんやろか」
「しなくていい、しなくていい。このバカの冗談をマジに取ったらダメだって」
真面目な顔をするラスティを慌てて制する。その隙をついて、靖は京楽の手を振りほどくと、実に楽しそうにラスティの方へ身を乗り出した。
「で、アナタはどっちなんですか?」
「どっちって?」
靖の質問の意図が分からず首を傾げる。こうなった靖はもう止められない、
京楽は頭を抱えて大きくため息をついた。
「どっちって言ったら、そりゃアナタ。タチかネコかの話ですよ。……まぁ、高野さんのDVDを見てオナニーしたり、抱かれたりする夢を見るぐらいですし、アナタが確実にネコですよね」
うんうんと一人で頷く靖に、京楽もつられて頷く。
「俺ちゃんは高野さんがどんな人かまでは知らないけど、ニュースの写真見た限りだと、どうみてもバリタチっぽいもん。……てゆーか、なんかオナニーがどうのとか抱かれる夢がどうとか聞こえたけどどういうこと」
「ああ、この人ね、高野さんに最初にキスされたあと、彼が出てるDVD買ってそれ見て」
「ワー!! やめろー!!」
顔を真っ赤にしてラスティはテーブルに突っ伏した。うーうーとうめき声をあげながら髪を掻きむしる。そんなラスティの様子が面白く、二人は手を叩いて笑った。
「まぁ、でもよかったじゃないですか。アナタも自分の気持ちに素直になれたんですね」
ひとしきり笑って満足したのか、靖はビールを飲みながらしみじみ言う。
あんなにうっとうしいくらいにウジウジ悩んでいたラスティが、すっきりしたような顔をしている。
怪我の功名と言うと不謹慎だが、久秀が大けがをしたことにより、自分の本当の気持ちに気付いたのだから、結果オーライといったところだろう。
ラスティはとにかく恋愛に関しては臆病だ。高校時代、本気で好きになった相手がいたが、二月十四日のバレンタインでラスティの誕生日に思いっきりフラれたのだ。相当好きだったらしく、フラれてから一週間はふさぎ込んだほどだ。
そのことがきっかけで、誰かを好きになることが怖くなっていた。しかし、そんな彼を変えたのが高野久秀という男だ。
久秀と出会ってからラスティは明るくなったように思う。自分が言えた義理ではないが、それまでのラスティは役者としても人間としても、どこかトゲトゲしい雰囲気をまとっていた。人として未熟であったともいえよう。
だが、久秀と出会い、今まで知らなかったことを学び、そして恋心を抱いてからは随分と丸くなった。
また自分自身のことも少しずつ客観的に見ることができるようになったのだ。それは役者として大きな成長だといえるだろう。
辛い恋をしていたラスティだからこそ、こうして恋が成就してくれて、靖は素直に嬉しいと思ったのだった。
「靖、おおきにな」
立ち直ったラスティがそう礼を言うものだから、靖はどこか照れくさいような気持ちでビールをあおった。
「感謝してるなら、ここのお会計、アナタがもってくださいね」
赤ら顔でツンとそっぽを向く靖に、ラスティはもう一度礼を言った。
そんな二人を京楽は微笑ましい気持ちで見守る。
「苦労することはたくさんあると思うけど、お幸せにな」
「ありがとうございます、京楽さん」
京楽の祝辞にラスティは微笑んだ。その笑顔は本当に幸せそうで、靖と京楽も自然と笑みがこぼれたのだった。
「それで、いつセックスするんですか? やっぱ病院だと背徳感増していいですよねぇ」
「……せっちゃん、もうちょい空気読もうか」
どこまでもマイペースな靖に、京楽はがっくりと肩を落とした。
「そういうわけで、ラスティと正式にお付き合いをすることになりました」
「……へぇ、ああ、そう」
見舞いに来るなり久秀にそう言われたものだから、虎雄は言っている意味が分からずに気の抜けた返事しかできなかった。
久秀の晴れ晴れとした笑顔を見て、ようやく事態を呑み込めた虎雄は素っ頓狂な声を上げる。
「ん? 付き合い始めたってお前……またむりやり迫ったのか?」
「失礼な。ちゃんと誠心誠意こめて告白しました」
「え、じゃあ、マジ?」
「マジです」
信じられないといった表情で虎雄が言うと、久秀は深々と頷いた。
「……おめでとう。よかったな」
「ありがとうございます」
照れた様子で久秀が頭を掻くと、虎雄の瞳に涙が滲んだ。しかしそれを堪えて腕でゴシゴシとぬぐう。そんな様子を見ていた久秀は苦笑いを漏らす。
「なんで虎雄さんが泣くんすか」
「だって、お前みたいな強引で自分勝手で相手を振り回すことしか考えていないどうしようもないやつが、ちゃんと身を固めることができるなんて。俺は嬉しくて嬉しくて……」
「俺の人間性が大いに否定されてる気がするんですが……」
虎雄の失礼極まりないコメントに、久秀は悲しそうに肩を落とす。しかし、彼の言っている内容は正しいので、何も言い返せなかった。
「……それでさ、高野」
神妙な顔をしてベッドに横たわる久秀を虎雄はじっと見つめる。その真剣な眼差しに久秀も思わず姿勢を正した。
「なんですか?」
「お前……ちゃんとラスティのこと、幸せにできるんだろうな?」
そう問われた瞬間、久秀は胸が締め付けられる思いがした。
幸せにできるのか。その言葉の重みがずしりと伸し掛かってくる。今までラスティをさんざん振り回して、自分勝手に生きてきた自分への戒めのようにも感じた。
だが、それでもここで引くわけにはいかないのだ。今まで傷つけてきた分もこれから大切にしていきたいし、もっと彼のことを知りたいと思う。
自分ができることならなんでも与えたいと思うほどに、久秀はラスティに溺れているのだから。
「頑張ります」
その言葉に虎雄は満足そうに微笑んだ。
「なら、いい。……幸せにしろよ」
「はい」
「二人で幸せになれよ」
「……はい」
幸せに。そう幸せにしたい。幸せになりたい。
これまで久秀は誰かを好きになったとしても、その人とどうなりたいとか考えたことがなかった。あくまで芸事に役立てるため。そこにラブもライクもなかった。
しかし今は違う。ラスティとともに幸せになりたいのだ。彼を幸せにしてやりたいと思ったし、彼自身も久秀の手で幸せにしてあげたいのだ。
だから自分と彼なりのやり方で精一杯のことをするだけだ。それだけが自分にできることなのだから。
「それで、高野」
虎雄は気持ちを切り替えるように、これまで見せたことがないような真面目な顔をした。
「お前、ラスティとのことは公表するのか?」
「いえ、しません」
久秀は即答した。その返事に虎雄はやっぱりか、とため息をつく。
「少なくとも、今はその時期じゃない。時がきたらアイツと話し合って、それから公表します」
久秀ははっきりとそう言い切った。
それもそうだろうな、と虎雄は思う。
彼は今人気絶頂の若手実力派俳優なのだ。そんな人物に熱愛報道がでたらどうなるか。
マスコミや世間はこぞって騒ぎ立てるだろう。そうなれば彼の仕事に支障をきたすし、事務所も大打撃を被ることになるのだ。
「だから今は公表しません」
久秀の決意は固かった。虎雄はそんな久秀の目を真っ直ぐに見据えた。
「ならいいさ。公表するしないはお前の自由だ」
虎雄はそう言うと大きく伸びをした。
「まぁ、なにはともあれ、おめでとう。もうラスティを泣かせたりするなよ」
「肝に銘じます」
右手を突き出してきた虎雄に、久秀もグータッチで返してから、二人してにんまりと笑った。
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