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7-1.海峡を阻むもの

◇  その夜、ロキがフェンのいる船室を訪れたのはすでに日付の変わる頃だった。  ロキはヴァクと船室で二人きりで過ごす間、言い寄るヴァクをのらりくらりとかわしつつ、飲み物に睡眠薬を混ぜた。  その薬が効くまで少し時間がかかったが、効果自体は確かなもので、ぷつりと意識が途切れたように眠ったヴァクは、揺すってもつねっても目を覚ますことはなかった。 「食事あれじゃ足りなかっただろ? サンドウィッチ持ってきてやったぞ」 「バウッフン!」  フェンに用意されていた三等船室はかなり狭く、二段式のベッドが両側にそれぞれ備え付けられていて、その間にはやっと人が一人通れるほどの隙間しかない。その部屋にフェンは一人きりで押し込められていた。  見た目が犬(狼だけど)なので、ほかの客と一緒にするわけにもいかなかったようだ。おそらくヨトの巨人族の中でもそれなりに権力があるヴァクに「犬に客室を用意しろ」と言いつけられた船員が、慌てて急遽用意したのがこの部屋なのだろう。  ロキは後ろ手に扉を閉め、廊下の見える小窓のカーテンを引いた。 「フェン、いいよ」  ロキが言うと、フェンがブルリと体を震わせその姿が美しい白髪の青年へとかわる。  相変わらず全裸なので、ロキはベッドの上の毛布を引っ張り、フェンの腰に押し付けた。 「もう俺、船嫌だ! すごく狭いし、ロキはずっとヴァクと一緒だし、つまらない!」  並んで下段のベッドに腰掛けると、サンドウィッチを頬張りながらフェンが言った。 「仕方ないだろ、船が着くまでの辛抱だ」  唸るフェンをなだめすかしながら、ロキはパンパンに膨らんだ。自らのカバンの中身を漁った。 「ほら、これお前に」  そう言って取り出したのは、ヴァクの荷物から拝借した衣服だ。  フェンはそこそこ大きなサンドウィッチを三口ほどで食べ切ると、ベッド脇の小さな棚の上にあった水差しからガブガブと水を飲んで口元を拭った。そしてロキに促されるまま、衣服に袖を通した。  ロキがフェンのために待ってきたのは、ヨトではポピュラーだと言っていた襟の高い上着とシャツや靴やズボンなど一式だ。もともとはヴァクの物なので、フェンには少しだけサイズが大きいようだったが、本人は満足気に笑っている。 「ヨトは寒いんだってよ。向こうに着いたらタイミングを見計らってヴァク達から逃げるから、お前も心構えしておけよ」  大きな狼を連れていては目立ってしまうので、フェンには人の姿になってもらう必要がある。 「ロキ」 「んー?」  ロキがゴロリとベッドの上に寝そべると、フェンがもそもそとその隣に寝転んだ。甘えるように、ロキの肩に顎を乗せて、首筋の匂いをスンスン嗅いでいる。 「上層に何しに行くの?」 「くすぐったいな、そこで喋るな」  寝返りを打って向き直ると、すぐ目の前にフェンの薄いブルーの瞳があった。

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