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10-7.
このまま「犬なんて食べられない」と言う方向に話を持っていってくれ、とロキはバシャバシャと尾ビレを揺らす。
「素揚げにすると上手いって話です! スヴェルトのドワーフたちは好んで食べるとか」
「チッ」
族長は不機嫌に舌打ちをした。
先ほどから終始不機嫌な族長は、おそらく男がなんと答えても同じように返しただろう。
「オヤジ」
立ち上がったのはヴァクだ。
少々神妙な顔で、真っ直ぐに族長の方を向いている。族長も、ヴァクの姿に視線を向けていた。
「みんなが、オヤジのために用意してくれたんだ」
ヴァクの言葉に、少し考えるような素振りを見せた族長は、ぐっと表情を歪めつつも頷いた。
「族長、ぜんぜん楽しそうじゃないっすね」
「ベストラ様が亡くなってからずっと長いこと塞ぎ込んでるからな」
「それで元気付けてやろうってんで、ヴァクがオメガやら犬やらを持ち帰ったって話だぜ」
こそこそと話す調理係たちの声が聞こえる。
そもそもヴァクは父親である族長のために、ミッドガルドに渡っていたようだ。親孝行のいい息子なのかもしれないが、ロキの今の状況ではそうも言ってはいられない。
巨人族たちは、目の前で吊し上げて毛をむしって皮を剥いで、などと族長に手順を説明している。
フェンの傍に立つ男が、まるで斧のような大きな包丁を握っているのに気がついて、ロキはびたびたと水面を叩いた。
その水飛沫がフェンの顔のあたりに跳ねると、ピクリと瞼が動き、僅かに薄いブルーの瞳がのぞいた。どうやら、気を失っているふりをしているようで、鼻がヒクヒク動いている。
ロキはまたいっそうアピールするように、びたびたと水面を蹴って不格好に飛び上がった。
フェンがもう少し瞼を上げる。こちらに気がついたようだ。すぐにぎゅっと目を閉じたが、尻尾がプンプン揺れている。
――尻尾を揺らすな!
と、水中でぱくぱく口を動かしたが、おそらくフェンには届いていない。ロキは、巨人族らにフェンが起きてることがバレて絞められないことを祈った。
「よし、じゃあさっそく捌くか」
――まずい! フェン! 逃げろ!
「まずは、魚介から」
――……えっ?
気がついた時には、水面越しにこちらに手を伸ばす調理担当の姿が映った。
ロキは慌てふためき、タライの中を泳ぎ回る。
――ひぇっ!
と声にならない悲鳴をあげた。
もうダメだと思った瞬間、視界の横を吸盤がかすめた。ちゃぷりと水の垂れる音がして、見上げると、イカが切なげな表情でこちらを見下ろしている。
調理担当に掴まれたイカはまな板の上に載せられ、最後の足掻きでうねうねと足を動かしていた。
調理担当が振り上げた刃がギラリと光る。
ちょうどその男の影でイカの姿が見えないことに、ロキはどこか安堵した。
ダンダンダン!とやや乱雑に刃が振り下ろされたあとで、キュキュッと何かを剥ぐ音がする。床に乱雑に目玉や内臓が投げ捨てられた。
鰓呼吸だと言うのに、ロキの喉がヒュッと締まる。
調理担当はぶつ切りにしたイカを、火にかけられた油の鍋に放り込んだ。
じわりと泡立つ音が鳴り、「ほぅっ」と期待を含んだ一同のため息が聞こえた。塩だソースだそのままだ、などと囁き合う声が聞こえている。
すると唐突に、鍋の中でパチンと大きく空気が爆ぜた。
「うぁっちぃっ!」
雪だるま……もとい族長が顔を顰めて体を引いた。
「す、すみませんっ! 油跳ねが!」
と慌てて傍の男が布巾を渡した。
ロキはこれだと閃いて、またびたびたと水面を叩く。フェンの耳がピクリと動いて、瞼がゆっくり持ち上がった。
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