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10-8.
自分の意図を伝えるべく、ロキはフェンに向かって合図を送る。
尾ビレで水面をかいたあと、その先端で鍋を示した。伝わったのか確信はもてないが、フェンが僅かに頷いたように見える。
ジューシーに仕上がったイカは、湯気をたちのぼらせながら、族長の御前に並べられた。族長はまだつまらなそうな顔のまま、フォークでつんつんイカを突いた。そして、一口含んで飲み込むと、「うん」と一度だけ頷いて見せた。
それを見た周囲はほっと胸を撫で下ろした様子だ。
「どんどん用意しろ!」
と司会の男が囃し立てる。
腕を捲った調理担当が再びタライに手を伸ばし、素手でロキの首をつかんだ。
びたびたと跳ねて抵抗してはみるが、全く意味はなかった。
ロキの体がまな板の上に横たえられる。気のせいか、なんだかイカ臭い。考えるのはやめようと、ロキは最後にビタンとまな板を叩きフェンに合図を送った。
「バグゥフッン!」
凄んだつもりであろうフェンの鳴き声は、やっぱりちょっと変だった。
しかし、その大きな体を突然起こすと、巨人族らは皆驚いたように手を止めて、口をあんぐり開けている。
フェンはそのままの勢いで、台車から飛び上がると、先ほどまでロキが入れられていたタライを思いっきり蹴り飛ばした。
「うわっ!」
「ぎゃーー!」
「あっ、あぶねぇ!」
「飛んできた!」
油の鍋がひっくり返り、炎が大きく燃え上がった。
巨大な火柱が立ち上り、天井を這うようにして広がっている。
女子供の悲鳴と、男たちの焦った声が響き渡った。
「フゥンッ!」
その隙にとフェンは調理担当を突き飛ばし、まな板の上のロキを咥えた。気がついた時には、ロキはフェンの口の中にいた。
体がフェンの口の中でガクガク揺れている。どうやら走っているようだ。
口内からみる鋭い犬歯は、なかなか恐怖を助長した。誤って噛まれたり飲み込まれたりしないかと焦り、ロキはびたびたと体を揺らした。
「ペッ!」
背鰭が口蓋に突き刺さり、フェンがロキを吐き出した。中空に魚体が待った瞬間、ロキは人に姿を戻す。そのロキの体が地面に落ちる前に、フェンが下に体を滑り込ませた。
「うわっ、最悪、ヨダレまみれだ!」
走るフェンの背中にしがみつきながら、ロキは手を払って涎を拭った。
「フゥンッ!」
とフェンは何か言いたげだが、ロキにはわからないので無視することにした。
フェンはパーティー会場のホールを飛び出し、今は通路を駆け抜けている。背後からいくつもの足音と怒声が聞こえている。
「オメガが逃げたぞ!」
「捕まえろ!」
「さっさと殺せばよかったんだ!」
振り返ると、巨人族らが武器を振り上げながら、必死の形相で追いかけてきていた。
「ヤバい、追いつかれるぞ! フェン! 出口はこっちであってるのかっ⁈」
ロキがそう問いかけた瞬間、フェンが明らかな動揺を見せた。
「フワァンッ!」
と吠えて、一瞬立ち止まり困ったようにその場をくるりと回りながら、背後から追いつきそうな巨人族らに驚き、また同じ方向に走り始める。
「わからないのか」
「フゥンッ……」
このまま行き止まりに追い詰められるのは非常にまずいと、ロキは奥歯を噛んだ。
通路は時折枝分かれし、背後の巨人族らを巻くためにか、フェンは何度か無作為に道を曲がった。
しかし、この街の構造がわからない以上下手をすれば挟み撃ちにされかねない。そう思っていた時、ロキの耳にある音が聞こえた。
『ぇ~……ぅ~……ぁ~』
子供立ちの言っていたゴミのお化け……つまり穴を通る風の音だ。ロキは咄嗟にフェンの背中を叩き、音のした方を指し示した。
「フェン! 抜け道があるかもしれない!」
他に当てもないフェンは、ロキの言葉に「ワフッ」と小さな呼吸で答えた。
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