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11-1.冥界の穴

 走りながら吹き抜ける風を辿るのは難しかった。必死に耳を澄ませて、ロキは風の音を辿る。 「あっちだ!」  確信して、前方を示すとフェンは迷いなく突き進んだ。子供の侵入を阻むために置かれたらしき大きくバツの書かれた木製の柵が行手を阻むが、フェンは止まることなくそのまま柵を突き破った。 『え~……う~……あ~』  風の音は間違いなくその奥からしていた。  狭い廊下を少し進むと、開けた空間にまた木製の柵が現れる。先ほどとは違い腰までの高さのそれは、その一画を囲むように設置されていた。  勢いのまま進むフェンだったが、その柵に体当たりする直前で、後ろ足で地面を踏み締め急停止する。  危なく振り落とされそうだったロキはフェンの首にしがみついた。  柵の向こうを覗き込むと、真っ黒な大穴が空いている。 『え~……う~……あ~』  風の音はそこからしている。  ここがゴミ捨て穴であろうことは間違いなさそうだ。  ロキは咄嗟に腰高のフェンスの一部を蹴り飛ばし、穴の底へと落としてみた。  しかし何秒たっても地面に当たる音は返って来ない。底がないのかと思えるほどに、この穴は深いようだ。 「ダメだ、別の道を……」 と言いかけて振り返ると、通路の向こうに押し寄せる巨人族らの姿が見えた。  いつの間に先頭に立つのは、焔のような髪を揺らしたヴァクだった。  ロキらがあわあわしているうちに彼らはあっという間に距離をつめてくる。 「ロキ行くな!」  ヴァクの手がロキに向かって伸びてきた。  捕まる、そう思った瞬間「バフゥンッ!」と間抜けなフェンの鳴き声が響き、体が宙に浮かび上がる。  ロキを背に乗せたまま、フェンが穴に飛び込んだのだ。  視界の中に、驚いたようなヴァクら巨人族の表情がうつり、そして遠のいていく。  すぐに視界は暗闇に包まれた。  気持ちの悪い浮遊感が胸を揺らし、耳元を風が吹き抜ける。  落ちている。とそう明確に認識できるほどに、穴はどこまでも深かった。  ロキはあまりの恐怖にフェンの体にしがみつき、風に靡く毛並みに頬を押し付けた。 「どんだけ落ちるんだよっ!」 と叫んだ声は風に消える。  直後、真っ暗な視界に僅かに灯る光が見えた。  上か下かもはや判断がつかなかったが、近づいているのでおそらく下だ。  そう思った瞬間、ドボンと音を立てて、体が水中に沈んだ。  風が止みゴボゴボと泡の立ち上る音が耳に届いた。ロキは必死に手足をかいてどうにか水面に頭を出した。 「フェン!」 「クゥンフゥッ!」  薄闇の中に、水面から突き出たツンと尖った鼻先と三角の耳が見えた。フェンもなんとか水面に浮かび上がったようだ。  ロキは自分の手のひらを水面に持ち上げ、水中で足をばたつかせる。あんなに落ちたのに、どこも欠損していないのが不思議なくらいだ。

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