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12-3.
「あんたたち! あんまりヘルちゃんの手を煩わせるなよぉ!」
今まで黙っていたガルムが言った。ヘルを抱えているのが辛いのか、額に汗を滲ませている。
「ヘルちゃんは忙しいんだっ! 黄昏の冬のせいで、ただでさえ死人が多いっていうのに、オーディンのやつがグングニルなんて投げるから、さらに死人が押し寄せてたいへんなんだからぁ!」
そう言ってガルムが体を捩って列を示す。その仕草の反動でついに立っていられなくなったのか、ヘルを抱えたままガルムは地面に尻餅をついてしまった。
「じゃあ俺たちは死んでもいないのにここに止まらなきゃいけないっての⁈」
ロキは視線を合わせるようにしゃがみ込みが苛立ちを込めてそういうと、ガルムは「ひっ」と怯えたようにヘルの体を抱き寄せた。
「苦しいわよっ!」
とヘルは眉を寄せて、ガルムの額を叩いている。
「ねぇ、ヘル。今は無いってことは、前は戻れる方法があったってことだよね?」
フェンもロキの隣にならび、膝を抱えてしゃがみ込んだ。
「そうよ、あったわ」
ヘルが頷く。
「それって、どんな方法なの? どうして今は無くなったの?」
フェンが聞くと、ヘルとガルムが一瞬顔を見合わせた。その後で口を開いたのはガルムだった。
「上に連れてく役のやつが、飛ばなくなったから」
「飛ばなくなった?」
「あーーめんどくせぇなぁ、説明すんのぉ」
ガルムが言うと、ヘルがまたガルムの頭をペシリと叩いた。
「いいわ、見せてあげる」
「えっ、でもヘルちゃん門番はいいのっ?」
「今日は店じまいよっ! ほら、さっさと荷台に乗せなさい!」
ヘルが言うと、ガルムはニヘニヘと嬉しそうに笑いながら荷台の上の檻を蹴り飛ばした。そこに柔らかそうなクッションを置き、何枚も布を重ねて場所を作るとヘルの体を抱き上げてそっと乗せた。
「ヘルちゃん、大丈夫? 乗り心地はどう?」
「最悪よ、いいから早く出しなさい!」
「はぁい!」
ガルムは荷車の持ち手をよいしょと抱えると、またキコキコ音を立てて進み始めた。
「あんたらは歩けよぉ~」
そう言われて、ロキとフェンは荷車の後に続いた。
「どこに行くんだ?」
ロキは荷台の上に座るヘルに尋ねた。
「フヴェルゲルミルの泉よ」
「フブ……フ、フヴェ……?」
フェンは舌足らずに繰り返し、途中で諦めて口を噤んだ。
「フヴェルゲルミルの泉、中層や上層にも流れる十一の川の源なの」
「川の源って……下層から上に向かって川が流れるってこと?」
「そうよ?」
何故そんな当たり前のことを聞くのかわからないと言うように、ヘルは肩をすくめた。
「あ! わかった! その川の流れに乗って上に戻れるってことだね!」
「バカね、そんなことできるわけないでしょ」
ヘルに答えを一蹴され、フェンは納得いかないと言った様子で口を尖らせている。
「でも、泉が上層の川に繋がっているのは確かなのよ、以前はそこを辿って上に登る運び役がいた」
「運び役? 飛ばなくなったって人?」
ロキが尋ねると、ヘルは静かに首を振った。
「人じゃないわ」
「え?」
「ニーズヘッグは人じゃない。翼の生えた蛇……そうね、ドラゴンって言ったらわかりやすい?」
「ドラゴン⁈」
ロキは体を跳ね上げその瞳を輝かせた。
「ロキ、ドラゴンってなぁに?」
フェンは嬉しそうなロキを見て、何故か自身も嬉しそうに笑みをこぼしながら尋ねてくる。
「ドラゴンってのは本来上層にしか生息しない、気高い生き物だよ! 口から火を吹いたり、翼で嵐をおこしたりするんだ!」
当然ミッドガルドから出たことのなかったロキにしてみれば、ドワーフと同じく絵本の中でしか見たことのない殆ど伝説みたいな存在だ。
「あー、期待してるとこ悪いんだけど、ニーズちゃんはゲップでちょみっと火花が散るくらいだし、あの貧相な翼じゃ嵐は無理ね、そよ風って感じ」
「え、そうなの……」
明らかに落胆したロキの肩を、フェンが慰めるように優しく撫でた。
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