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12-4.

 そこから暫く進むと、視界の先にほのかな光が見えてきた。とても遠くにあるように思えたが、一歩進むごとに、それはみるみる近づいてくる。  穴の上から柔らかく差し込む優しい光だ。その光が、驚くほどに巨大な木の根を暗闇に浮かび上がらせている。 「あれって……」  ロキが指差し尋ねると、「ユグドラシルの根よ」とヘルがひとこと答えた。  水音が聞こえて目を凝らすと、大樹の根元に、光を集めて青白く光り輝く泉がある。どうやらそれがフヴェルゲルミルの泉のようだ。  確かに泉からは大樹の根に沿って、何本も水の筋が立ち上っている。  しかし、十一の川の水源という割には、ずいぶんとささやかだ。泉自体は端から端まで大股で十歩程で辿り着けるのではないだろうか。  ある程度近づくと、ガルムは台車を泉に沿って横付けした。ちょうど、ヘルの視界の正面に泉と大樹の根がくる向きだ。  キュルキュルという車輪の音は止んだわけだが、先ほどからガリガリとなにか固いものを擦るような音が聞こえている。  この音は、泉に近づくに連れて大きくなってきたのだが、その音源は見て取れない。なんの音かと問う前に、ヘルが泉の奥にある木の根を指差した。 「あれよ」 「え?」  ロキはヘルの指先を辿り目を凝らした。 上層から降り注ぐ光が、大樹の根の向こうに影を作っている。 「どれ?」 「あれよあれ、目の前にいるじゃない」  ヘルはずっと同じところを指し示している。  ロキは一歩だけ体を前にだす。すると木の根がわずかに揺れ動いた。驚き、さらに目を凝らすと、木の根はわずかに呼吸をするかのように動いているのがわかる。もしやと思って、さらに一歩近づくと、根元で黄色い丸がパチリと開いた。 「あ、目だ!」  隣のフェンが声を上げた。  そこが目だと分かった途端、不思議とその全容が浮かび上がった。木の根だと思っていた一部は、ドラゴン……ニーズヘッグだったのだ。  ニーズヘッグは、殆ど木の根と同系色だが、その体には鱗を携え、肉厚な胴体からは折り畳まれたコウモリのような翼と、細い手足、そして尻尾が伸びている。ドラゴンの平均値はわからないが、五馬身ほどの巨体である。にもかかわらず幼い印象をうけたのはユグドラシルの根にしがみつき、甘えるようにあむあむと根を喰んでいるからだろうか。 「すごいっ、本物だ……! 絵本で観たのよりもなんか蛇っぽさが強いけど!」  ロキは息を弾ませ、大きな声で歓喜した。  すると、ニーズヘッグは突然びくりと体を震わせ、丸い目を細めた。 「しーっ、あいつ凄い繊細だからぁ、大声ダメ」  ガルムが声を抑えながら、口元で一本指を立てた。ロキは慌てて自分の両手で口を塞ぐ。 「そ、それで……飛ばなくなったって、どうして? 怪我してるとか? それとも病気?」  今度はずいぶん抑えた声でロキはヘルに尋ねた。  見たところ、ニーズヘッグに外傷はないように思えるが、外からは見えないどこかが悪いのだろうか。 「まあ、そう。病気といえば病気。心の病気」  そう言いながら、ヘルは自らの豊かな胸元に右手を乗せた。 「心の病気? 飛ぶのが怖くなったとか?」  フェンが尋ねると、今度答えたのはガルムだ。 「違うよ、ニーズヘッグは淋しがり病」 「淋しがり病? 何そのアホみたいな病名」 「俺が名付けたんだ、悪いかよぉ!」  ガルムが叫ぶと、ニーズヘッグの方からピュォッと空気の通る音がした。驚いて息を吸い込んだらしい。   「あたしが冥界(ここ)にくる前の話しなんだけど」  ヘルがガルムの尻をペシリと叩いてから、ことの次第を話し始めた。 「あんたたちと同じようにね、冥界の穴から落っこちてきた神がいたの、ニーズヘッグはそいつにとっても懐いてた」 「神?」 「そう、神よ。光の神、バルドル」 「バルドル⁈」  ロキはまた思わず大声をあげ、他の三人からしーっと指を立てられた。 「光の神バルドルって、黄昏の原因の張本人じゃないか!」  トールの話によれば、バルドルが冥界に落とされたことで、中層が光を失い、夜が世界を侵食し始め、終わらない冬が始まった。そしてそのことが、この後起こると予言されていふ黄昏に繋がっている。 「え、てことは! バルドルもここにいるのか⁈ だとしたら、バルドルを上に連れ戻せれば、朝が来るし、冬も終わる!」  そして黄昏は来なくなり、ロキもオーディンの器を作れと求められることもなくなるのだ。

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