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12-5.
ロキの目の前に光明がさした。しかし、ヘルの言葉によってそれはすぐに断たれてしまった。
「バルドルは、もうここにはいないわ。門の向こうに連れて行かれた」
「そんなっ! なんで……どうして引き留めなかったの⁈」
「あたしが来る前の話しだって言ってんでしょ!」
ロキの問いに対してヘルが金切り声をあげると、ニーズヘッグがまたピュォッと息を吐いた。
「でも、本来なら間違えて落ちたやつは、ニーズヘッグが上に連れ戻してくれるはずなんだろ?」
「そうよ。でも、ニーズヘッグは彼のことがとてもとても好きだったみたい」
だとしたら、なおさらどうしてニーズヘッグはバルドルを上層に連れて行ってやらなかったのだろうか、とロキは首を傾げた。
「離れたくなかったのかな」
フェンが隣で静かに言った。
「きっとそうね。バルドルは天然タラシ自発光やろうよ。あたしは暑苦しくて好きじゃなかったけど」
ヘルはフンと息を吐いた。口ぶりからして、バルドルとは顔見知りのようだ。
「それで、ニーズヘッグがバルドルをここに引き留めているうちに、前任の門番が彼を無理やり門の中へと連れて行ってしまったってわけよ」
「門の中に行くと、もう戻って来られないの?」
「まあ、無理ね」
フェンの問いの末尾に食い込むように、ヘルが答えた。
「バルドルはもう永遠に戻って来られない。ニーズヘッグは彼を失ってしまった淋しさで、ああしてずーっと、ユグドラシルの根っこを齧って、うじうじうじうじ拗ねてるのよ」
ヘルが言うと、ニーズヘッグはまるで言葉の意味を理解したかのように目を細めた。そしてその口元はまたガリガリとユグドラシルの根を齧り始めた。
「で、でもさ、体が悪いわけじゃないんだろ? 淋しがり病さえ治ったら、また飛べるってことだよな?」
「たぶんね」
ロキの言葉にそう答えると、ヘルは肩をすくめて見せた。
「よし」
ロキは頷き下履きの裾を捲り上げた。泉の淵に歩み寄り、その深さを確かめる。そこまで深さは無いように思えるが、これが本当に十一の川の水源だというから不思議なものだ。
靴を脱ぐかは少し迷ったが、結局ロキはそのままざぶざぶと泉の中に入り込んだ。泉は根元まで広がっていてニーズヘッグの足元も、泉の中に浸かっている。
ロキは慎重にニーズヘッグの様子を伺いながら三歩手前まで歩み寄った。
ニーズヘッグは根を咥えながらも動きを止めて、黄色の目玉の中にある細い深緑の瞳孔でロキの様子をじっと見ている。
「なあ、ニーズヘッグ、上層まで連れて行ってくれないかな? 俺たち間違えてここに堕ちてきちゃったんだ。上に迎えに行かなきゃいけない人がいるから、戻りたい」
ロキが言い終えても、ニーズヘッグはじっとこちらを見つめるばかり。
後方からざぶざぶと水を踏む音がして、振り返るとフェンがこちらに歩み寄ってきていた。
「おまえ、ドラゴンの言葉わかったりしないの?」
ロキはやや投げやりに、フェンに尋ねた。
「えっ? どうして?」
「なんか、不思議動物系で通じ合ったりしないわけ?」
「不思議動物……ロキもじゃん」
「俺は魚類だしさ」
そういうものか?と首を傾げ、フェンはつんと唇を尖らせながらも、ニーズヘッグに向き直った。「元気?」「飛べそう?」などと語りかけているが、やはりニーズヘッグは反応を示さなかった。
「ダメみたい」
「ダメか……」
ロキは項垂れた。
振り返ると泉の岸辺では、飲み物が入っているらしきカップを傾けるヘルの肩を、ガルムがせっせと揉んでいる。
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