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12-6.

 ロキはまた前を向き直り、ユグドラシルの大樹を見上げた。  根は全容がわからないほどに太く、先端は差し込む光の遥か彼方に霞んで見えない。しかし、光が降り注いでいるということは、確実に上層につながっているはずだ。  泉からは立ち上がる水流はいくつかあったが、その中でも両手を広げられるほどの幅があり、比較的流れの勢いがあるものを見つけた。  ロキはそれに歩み寄ると、ぶるりと体を震わせた。鱗を纏って尾ビレをはやし、鮭になったロキの姿がぽちゃりと泉の中に落ちる。 「ロキ、何する気⁈」  驚いたフェンの表情が水面の向こうに見える。喋れないので答えてやれないが、ロキはこの姿で水流を登れるか、試すつもりだ。  尾ビレを震わせ、水中を叩き、魚体を水面に跳ね上げた。そして狙った水流にバシャリと飛び込み、せっせと体をしならせる。  なるほど、この川は本当に下から上に流れているようだ。思ったよりもスムーズに、魚体は木の根を登っていく。  振り返ると、尾ビレの向こうに、驚いたようにあんぐりと口を開けてこちらを見上げるフェンとニーズヘッグの顔があった。  フェンを置いていくわけにはいかないのでこのまま登り切るわけにはいかないが、とにかく「すごいだろっ!」とアピールするべく、ロキは尾ビレでビタンと水面を弾いた。 ――あ、やべっ  しかしうっかりその反動で、体ごと流れの外に飛び出した。今までスムーズに根を登っていた魚体は突然支えを失い、くるりと中空で向きを変える。真っ逆さまに、ロキは落ちて行った。 「危ないっ!」 「ピュォッ!」  フェンの声と、ニーズヘッグの呼吸が同時に聞こえ、そして次にロキの目の前に迫ってきたのは、驚いたようにあんぐりと口を開けたニーズヘッグの顔面だった。 ――ぎゃー! と叫ぶこともできず、ロキの魚体はものの見事に、ニーズヘッグの口の中へととびこんだ。 「わっ! えええ! 大変! ロキが食べられた!」 「ピュォッ! ピュォォォ!」  何故かニーズヘッグ自身も焦ったように、体を揺らす。ロキは口の中で、慌ててびたびた尾ビレを弾いた。大人しくしていたら、そのまま喉奥に流れ込んでしまいそうだったからだ。  ヘルはドラゴンを羽の生えた蛇のように言っていたが、ニーズヘッグには鋭い歯が生え揃っていて、そこに体が当たらないように、ロキは必死に身を捩った。  ふと、その視界に、キラリと光る何かが映る。あれはなんだ?と目を凝らしたその瞬間ーー 「ぺっ!」 とニーズヘッグが、ロキの魚体を吐き出した。  ぽちゃりと音を立てて泉に沈んだ体を、ロキはしゅるりと人に戻す。 「うぅ……最悪、またヨダレまみれ……」  バシャバシャと泉の水で顔を濯ぎながら、ロキはぼやいた。 「ロキ! 良かった! びっくりしたぁ!」  フェンが泣き出しそうに眉を寄せて、泉の中に飛び込みロキの体を抱きすくめた。結局二人ともずぶ濡れだし、ヨダレまみれだ。  ニーズヘッグは、まるで怒られた後の子犬のようにしょんぼりと目を細めて、また首を下げてユグドラシルの根を喰んでいる。 「ごめん、怒ってないよ」  ロキは、ニーズヘッグの体に歩み寄った。  ロキを吐き出したと言うことは、このドラゴンに敵意自体は無いように思える。そっと、その鼻先に触れてみるとびくりと体を震わせたものの、抵抗する気配はなかった。 「ざらざらしてるな、なんかトカゲみたい」 「えっ、どれどれ」  フェンも、ロキと同じようにニーズヘッグの鼻先を撫でて「本当だ!」と呑気に喜んでいる。

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