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12-8.
「んじゃ、いくよぉ~」
独特なイントネーションで、気合の入らないガルムの声を合図に、フェンがニーズヘッグの首に飛びくと、ニーズヘッグは暴れて首を上向けた。
背中に乗っていたガルムが縄を投げて引っ張ると、縄の先端の輪がニーズヘッグの上顎を引っ掛かった。そこへガルムが体重をかける。すると、ニーズヘッグは強制的にあんぐりと口を開けるかたちになった。
少しかわいそうだが躊躇う方が苦痛は長いはずだ。ロキはニーズヘッグの鋭い歯に感じる恐怖を振り切って、その口の中に右手を入れた。
「フゴォッ! フンゴォッ!」
手を突っ込まれたニーズヘッグは驚いて体をぶるぶる震わせている。
「ギャァ!」
とガルムの叫び声が聞こえ、その体が縄を握ったまま左右に振り回されているのが見える。フェンは必死にニーズヘッグの首にしがみついていた。
「ロキ! 危ない、早く!」
「わかってる!」
ロキはうんと腕を伸ばし、肩まで中に入れ込んだ。挟まっていたのは奥歯のあたりだ、ねっとりとした唾液と、ニーズヘッグの口内粘膜の感覚をたどり、指先が堅い何かに触れる。
「コレだ!」
ロキはそれを握りしめた。隙間から覗き込むと、自分の手のひらがキラリと光る何かを掴んだのが見える。ロキはその手を一気に引き抜いた。
「ピュォォォォッ!」
「「「ギャァッ!」」」
三人と一匹の悲鳴が冥界に響き渡った。
直後体が投げ出され、フヴェルゲルミルの泉が飛沫を上げる。
我に帰ったロキが真っ先に確かめたのは、自分の右腕の存在だった。
「と、取れた」
「えっ! 腕とれた⁈」
フェンがロキの声に驚き顔を上げる。しかし、ロキが取れたと言ったのは、腕ではなくてニーズヘッグの歯に挟まっていたものだ。
「これ、なんだ?」
それはちょうどロキの手のひらで握れるほどの大きさの鉱石だ。朝の日差しのような穏やかな光を放っている。反射しているのではなく、自ら発光しているようだ。
「ピュォッ」
暴れて尻餅をついていたニーズヘッグが、体を起こした。ロキの手元をじっと覗き込んでいる。
「おまえ、これ何かわかるか?」
言葉は通じないとわかっているが、それでもロキはニーズヘッグが何かを言いたげな気がして尋ねた。
ニーズヘッグはロキの手元の石を覗き込んだまま、しばし動きを止めていた。深緑の瞳孔がゆらゆらと蠢いて、かと思ったら、瞳の横からぽたぽたと水滴がこぼれ落ちている。
「泣いてるのか?」
「詰まってたのが取れて嬉しいんじゃない?」
フェンはそう言って泉から立ち上がり、良かったなとニーズヘッグの頭を撫でた。
しかし、ニーズヘッグはまだボロボロと涙を流したまま、大きく首を振り乱した。
途端に鼓膜を劈くかと思うほどの、激しい咆哮が響き渡る。
ピュォッピュォッと言っていたのは、ニーズヘッグの鼻息で、本当の声はこちらの様だ。
一同は驚き両手で耳を押さえながら、音圧で吹き飛ばされない様にと体を屈める。
長く尾を引いた咆哮が鳴り止むと、泉の水がまた飛沫をあげ始めた。
ロキは何事かと顔を上げると、風が髪を強く揺らした。ニーズヘッグが広げた翼をゆっくりと前後に揺らしている。前足をあげ、その鼻先はユグドラシルを見上げている。
「え、こ、こいつ、飛ぼうとしてないっ⁈」
「うっそ!」
ほとんど無意識に、ロキはニーズヘッグの背中に飛び乗り、ぎゅっと首に腕を回した。フェンもそれを見て慌てて背中に飛び乗ると、背後からロキの体を抱えて、もう一方の腕をニーズヘッグの首に回した。
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