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16-5.
烈火の如き怒りが込み上げ、ロキは戦慄いた。
体の気だるさなどには構っていられない。廊下を乱暴に踏み締め、神殿内を歩き回ると、その相手は中庭で優雅にシャクヤクなどを眺めながらトールと何やら話し込んでいた。
ロキは何か殴れるものを探し、周囲を見渡した。棒状の物が好ましかったが、とりあえず目についた拳ほどの大きさの石を握る。
「オーディン‼︎」
ロキは出来うる限りの声量で怒りに任せてその名を呼んだ。
足は地面を蹴り、石を握った手を振り上げたまま、ロキはオーディンに向かって飛びかかった。
「ぐっ!」
呻いたのはロキだ。
またもロキがオーディンに殴り掛かるよりはやく、傍にいたトールがロキの腹に抱きつくように腕を回してその動きを止めた。
また子供のように抱え上げられ、ロキはトールの肩の上でジタバタとオーディンに向かって、石を握った手を振り上げる。
「なんだチビ、ついに気でも狂ったか?」
興奮したロキを見て、オーディンは揶揄うような笑みを浮かべながら、最も容易く石を握ったロキの腕を掴んだ。
「おまえっ……俺を騙したなっ!」
鎖で繋がれた時の傷がまだ治り切らない場所を掴まれ、ロキは表情を歪めながらもオーディンを睨み上げる。
「ヴァルハラには、いずれ行けると言ったじゃないか‼︎」
ロキの言葉を聞いて、オーディンは声を上げて笑いながら天を仰いだ。
「何を言っている、俺はいずれ行ける者とそうでないものがいる、と言ったんだ。ヴァルハラは死せる英雄の集う場所、黄昏で武功の一つでも挙げれば、辿り着けるかもしれんぞ?」
死せる英雄……つまりヴァルハラは死者のいく場所だ。鴉は暗に爺が死んだと言っていたのだ。
「まあ、あいつがヴァルハラ に行ったとは考えにくいがな、おおかた鴉に憚られたんだろうよ」
笑いを噛み殺すように、オーディンは口の端を持ち上げた。
「ふざけるな! なんでっ……なんでじーちゃんがっ……!」
言葉が途切れ喉が詰まる。
爺が死んだ。いつ? どこで、どうやって? 殺されたのか? 鴉にヴァルハラに行ったと告げられてから、もう随分経つ。爺の遺体はきちんと弔われたのだろうか。
爺とロキはずっと二人きりだった。自分がいなければ、爺は誰にも看取られず、一人で逝ってしまったのではないだろうか。
「おい、チビ、チビスケ。お前、なぜ俺に怒りを向ける?」
「……は?」
「俺があいつを殺したわけじゃないだろ?」
「お前のよこした遣いがじいちゃんを殺したんだろ!」
「遣い? 俺はお前に遣いなど出したことはない。みな周りが勝手にやったことだ」
「……っ!」
ロキは奥歯を噛んだ。
振り上げた拳をどこに下ろしていいのかわからない。
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