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20-4.

 長い尾がバルドルの顔面に垂れ下がっている。もたげた首が気まずそうに先割れの下をチラチラと揺らしていた。 「あ~ん、間違えちゃったぁ!」  落ちてきたのは女性の片腕ほどの大きさの蛇ヨルムだ。彼もロキの創った器の一人だ。 「真上から見たらロキもバルドルもおんなじなんだものぉ」 「こら、ヨルム、人の頭でとぐろを巻くな!」  バルドルはそういうと、ヨルムの長い体を両手で持ち上げ首にかけた。 「ロキは今手が塞がってるからな! 俺で我慢しろ!」 「はぁ~い……バルドル、あまり大きな声で喋らないでねぇ? 耳が壊れちゃうから」 「何を言っているヨルム! お前に耳はないだろう?」 「あ~へへっ、そうだったぁ~!」  バルドルとヨルムのこのやり取りは何度も繰り返されている。彼らにとっては挨拶代わりの茶番だが、ヘルはうんざりしたように、ロキの肩でため息をついた。 「ロキ、中に入りましょ? 早く見たいわ!」  そう言って体を揺らしたヘルに急かされ、ようやくロキは部屋の戸を開ける。  眩しいほどの朝日が室内を照らし、開け放たれた窓からは草木の香りをはらんだ風が入り込んでいる。世話係のエルフの女性がロキらに気がつくと穏やかに笑んで瞼を伏せ、静かなそぶりで部屋の脇へとはけていった。  部屋の真ん中には華美な装飾の施された大仰な揺籠がある。  ヘルを抱えたロキと、ヨルムを首から下げたバルドルは、その揺籠に歩み寄った。   「ん? どこだ?」  バルドルが言う。  ロキは白いシーツの真ん中をゆっくりと指差した。 「かっわいい……食べちゃいたいっ……」  バルドルの肩でヨルムが言った。 「お前が言うと冗談に聞こえんな!」 「しっ、バルドル、声が大きい、起きちゃうわ」  ヘルが掠れるような小声言うと、バルドルの肩を叩いた。  ロキは傍の椅子を引き寄せ、ヘルを膝に乗せながらそこに座った。ヘルは揺籠の柵に手を置いて、じっと中を覗き込んでいる。  揺籠の真ん中で、柔らかな毛布やガーゼに紛れるようにして寝息を立てているのは、綿毛のような白い毛を纏った手のひらに乗りそうなほどに小さな生き物だった。 「これはなんだ? 猫? フェレットか?」  バルドルの問いにロキは首を振った。 「狼だよ、フェンリルって名前つけた」 「おお……かみ……?」  ロキの答えに、バルドルは意味深に息を飲んだ。 「小さいよね、狼にしては……とても……」  ロキが苦笑すると、バルドルは焦ったように「いや」と首を振った。  ロキは器を創るが、その型を自由自在に決められるわけではないのだ。  人から嫌われることも多い蛇や、歩けない少女。最高神の器であるはずの彼らに対し、満足のいかない周囲からは冷たい視線を向けられることもある。それはロキに対しても同じだ。オメガとしての役割は最高神に相応しい器を創ることなのだ。  ロキ自身は自ら創った彼らのことを愛していたが、そんな周囲の環境が、ロキを少なからずやるせない気持ちにさせていた。 「うーんそうね、大きさはさて置いて、真っ黒い狼の方が私の好みだわ」  空気を読んだのかどうかはわからないが、ヘルが少し戯けてそう言いながら、小さなフェンリルに指を伸ばした。  仰向けに寝ていたフェンリルはヘルの指に顎を撫でられると、目を閉じたまま口を開いて身悶えした。小さな肉球をヘルの指に押し当てている。 「……まあ、真っ白いのもたまには悪くないわ」  ヘルは少し頬を紅潮させながら、フェンリルの肉球を指先でさすった。 「フェンリル……大きくなる?」  バルドルの肩から首を伸ばし、揺籠を覗き込みながらヨルムが尋ねた。 「うん、大きくなるよきっと」  ロキは穏やかに答えた。 「ヘルが乗れるくらいになるかな?」 「なるんじゃないかっ?」 「あら、それはいいわね、手綱をつけてみんなでお散歩しましょう?」 「こらこら、馬じゃないから、手綱はやめなさい」  小さな狼を取り囲み、穏やかな談笑はしばし続いた。

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