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21-5.

◇  ミッドガルドは中層の南にある大きな海峡に囲まれた土地だ。外界と隔てられたその場所には人間たちが暮らしている。  ロキはフェンリルとオメガの赤子を抱いてヨルムの背に乗り海を渡った。  時折押し寄せる高波は、ヨルムにしがみついて耐え、そうしてようやく辿り着いたのは、どこかの港町の海岸だった。  残光が模した早朝の中に、白い砂浜が見えている。そこまで後少しと言うところで、ヨルムはピタリと泳ぐのをやめた。 「ヨルム、どうした? 疲れたか? 後少しだよ」  ロキはここまで必死に泳ぎ続けたヨルムの体を労るように優しく撫でた。  ヨルムは海岸と、そしてその先のなだらかな坂に段々に連なる人々が暮らす家々を見上げていた。  まだ朝も早く誰の姿も見えないが、そこには確かに人々の生活が窺えた。 「ロキ、僕が一緒に行くのはここまでだ」  ヨルムが言った。 「どうしたんだよ⁉︎ そんなに疲れちゃったか? ひとかきもできないほどに⁉︎」  ロキはフェンリルとオメガの赤子を抱えたままバシャリと海面に降り立った。水深はロキの腰高ほどだ。この海岸はどうやら、遠浅らしい。   「よく頑張ったなヨルム、えらいぞ! ここからは俺がおまえの体をこうやって押してやるかっらっ!」  言葉の語尾で息見ながら、ロキは赤子を抱えていない方の手で、ヨルムの巨体を抑えて体重をかけた。何だか海を渡る間にもヨルムの体はさらに大きくなった気がする。ロキが押してもびくともしなかった。 「違うの、ロキ……あのねっ……」  ヨルムは首をしならせ、ロキの肩に大きな顔を慎重に擦り付けた。黄色く丸い眼球がわずかに涙を蓄えている。 「僕、こんなに大きくなってしまったから、一緒には行けないよ、ロキ。僕を連れてたら、人間はみんなびっくりするし怖がる。僕だけじゃなくて、ロキも嫌われちゃうよ」  ヨルムの言葉にロキは首を振った。 「何言ってるんだよヨルム。こんなに可愛いおまえのことを怖がる奴なんているわけないだろ?」  ロキは宥めるように、ヨルムの大きな頭をわしわしと撫でた。 「ロキだって覚えているでしょ? 神殿にいた女神や女の子たちが、僕のこと見て悲鳴をあげるの。それだけじゃない男の人も僕を見てみんな顔を顰めた。大丈夫な人もいたけど、そうじゃない人がほとんどだったでしょう?」 「だけどっ……」  ロキは言葉を詰まらせた。ヨルムの言葉は正しかった。彼はヘビの姿に創られたことで、たびたび辛い仕打ちを受けていたのだ。 「安心して? 泳いでみてわかったんだけど、この海は僕にとても合ってるみたい。水の中にいると気持ちがいいし、開放的な気分になる!」  先割れの舌がロキの流した涙をチロチロと舐めた。そのヨルムの瞳からも大粒の、本当に大きな涙の粒が溢れ、ぽちゃりと海水に落ちていく。 「僕がここでしっかり見張ってるよ! もし、その赤ちゃんやフェンリルがロキの目を盗んで海を渡ろうとしたら、ちゃんとダメだよって教えてあげる!」  ヨルムの決意は堅かった。  ロキは鼻水を拭い。言葉にできないままただ強く何度も頷いて、手を広げヨルムの首にしがみついた。 「ヨルム、とても勇敢で優しくて可愛い俺のヨルム。愛してるよ、君が一緒にいてくれて本当に心強かった……」 「僕も、愛してるよロキ」  何もかもが終わったら必ず再会しようと誓い合い、ロキは沖へと消えるヨルムの姿を見送った。

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