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22-2.

 程なくして扉が開け閉めされる音が聞こえ、パタパタと足音が聞こえたのちに、寝巻き姿の小さな赤毛の少女が階段の格子からこちらを覗き込んだ。 「おばあちゃん、あたしルラーじゃなくて、ルロアだってば」 「言いにくいんだから仕方ないだろっ! 全くあんたの父親がそんなややこしい名前つけるからっ!」 「パパはおばあちゃんの息子でしょぉー‼︎」  早朝から目の覚めるボリュームでのやり取りに、ロキは思わず立ち尽くした。 「ほら、お客さんだよ、早くタオル持ってきておくれ」 「えっ、赤ちゃん! 赤ちゃんだ! 可愛い!」 「いいから、ルラー! 早くおしっ!」  この家は占いババアと少女ルロアの二人暮らしのようだ。  占いババアは初めて会うというのに、女だけの家にロキを招き入れ、風呂や着替えまで用意してくれた。警戒心がないのかとも考えたが、子連れだから安全だろうと思ったのかもしれない。  一階が占いババアの店で、二階が居住空間のようだ。風呂から出たロキがリビングに顔を出すと、何やら食欲をそそる香りが立ち込めていて、キッチンの上で鍋がコトコトと小気味のいい音を鳴らしていた。 「いやぁ、赤ん坊ってかわいいわねぇ、どうしてこう赤ん坊って可愛いのかしら、ルラーみたいに生意気言わないからかねぇ?」 「もう!」  占いババアが抱えた赤ん坊の背中をトントンと叩いてあやし、それをルロアが覗き込んでいる。 「あ、あのっ……お風呂ありがとうございました」 「おや、出たのかい! じゃあここ座りなっ! あったかいスープがあるから、この子にはミルクをあげようねぇ」  占いババアは一度赤ん坊をロキに返すと、テキパキと食卓にロキとルロアの分の食事を並べ、自分も食卓に着いた。そしてロキからまた赤ん坊を取り返すと、自分の食事そっちのけで、溶けそうなほどに目尻を下げて笑いながらミルクを与えている。  店の常連に赤ん坊連れの若い母親が多いとババアは言った。おそらく彼女自身も小さな子供が好きなのだろう。お菓子やら玩具やらが、部屋の隅にまとめて用意されていた。  ロキは用意された食事に目を落とした。  トマトスープにこんがりと焼き目をつけた黒パンにチーズにハムが乗っている。  考えてみれば百年ぶりのまともな食事ということになる。それに気がついた途端、腹の虫が鳴き出した。スプーンを握り一口含む。信じられないほどの美味さにロキは思わず顔を顰めた。 「えっ、なぁに? おばあちゃんのスープ不味かった?」  むしゃむしょとパンを齧りながら、ルロアがロキに尋ねた。 「違う、すごく……美味しくて、あったかくて……」  鼻の奥に込み上げたものをロキは押し込め、もう一口スープを含んだ。 「美味しいです。ありがとう、とても美味しい……」 「そうでしょぉ! おばあちゃんのトマトスープは最高よね! このお野菜切るのあたしも手伝ったのよぉ?」  ルロアの言葉にロキは何度も頷き、頬が膨らむほどスープやパンを口いっぱいに頬張った。  食事を終えると、ロキの腕に戻された赤ん坊は、すやすやと穏やかな寝息を立てはじめた。  不安げにその寝顔を眺めるロキに占いババアは温めたミルクを出してくれた。 「名前は?」  占いババアはテーブルを挟んだロキの正面に腰を下ろし、自分もカップを傾けながら尋ねた。 「ロキ……あ、いや……」 「なんだい、ロキ? あんたロキっていうんかい?」 「い、いえ、違います。えっと、その、ロキはこの子の名前です」  咄嗟についた嘘だった。  占いババアは一瞬ロキの表情を伺ったが、すぐに赤ん坊に目を落とし、「そうかい、ロキか、良い名前だね」と目尻を下げた。

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