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22-3.
大罪人ロキの名前はこのミッドガルドにまでは届いていないのだろうか。
「ほいで、あんたのことはなんて呼べばいいのよ」
「あ、俺は……そのっ……」
しどろもどろに言葉を濁すロキに、占いババアは唇をツンと尖らせて、白髪混じりの前髪を大袈裟な仕草でかきあげた。
「まあ、あんな時間にあんなとこにこぉんな小さな赤ん坊連れてるんだからね、なんか訳ありなんでしょうよ」
「……はい……」
ロキは俯いた。
「まあ、いいよ。そうだろうと思って連れてきたんだし」
占いババアはそう言って、ずるずると音を立てながらミルクを啜った。
「あなたは、あんな早朝の浜辺で何をしてたんですか?」
ロキは占いババアに尋ねた。
占いババアはカップを置くと、少し物憂げにテーブルの真ん中あたりに視線を落としている。
「ああ、まあ。日課……みたいなもんだよ」
「日課?」
ロキが問い返すと、占いババアは頷いた。
「息子を待っててね、あの子の父親だ」
あの子と言ったところで、占いババアは向こうのソファで絵本を読んでいるルロアを顎で示した。
「この街の海は遠浅だけど、少し行くと急にガクンと深くなるんだ。そこでよく子供が溺れてね。うちの息子はルラーが生まれたばかりで、嫁や子供に良いとこ見せようと張り切っちまったのかもしれない」
そして占いババアの息子は溺れた子供を助けようと海に飛び込んで、それ以来行くへ不明になってしまったのだそうだ。
「母親の方も元々病弱で、二年前に死んじまった。全く、あんな小さい子残して死んじまうなんて、とんでもない親だよ」
占いババアはそういうと、何かを堪えるように不自然に口の端を持ち上げた。
「あの……待ってるって……」
「あ? ああ! もちろん、わかってるよ、アタシはまだぼけちゃいないさ! だけどさ、なんだか急にひょっこり帰ってきそうな気がするんだよ。わりぃわりぃなんて言ってさ、そういう子だったから」
そう言うババアの目元は何か過去の記憶に思いを馳せるかのように緩んでいた。
「ところであんた。そんな子連れで行く当てはあるんかい?」
場の空気を変えるように、占いババアは声の調子を変えて尋ねた。
「当ては、特にないんですけど……もう少し内陸に行きたくて」
「内陸に? どうして?」
「え、いや、その方が……いいと言われて……」
またロキが言葉を濁すと、ババアは質問を変えた。
「あんた、どっかの金持ちに囲われてたのを逃げてきたってところかい?」
「え? 金持ち……どうして?」
「まあ、やたらと子綺麗な顔してるしねぇ、それになんだか浮世離れしてるから外に出してもらえなかったんじゃないかい? 普通はそんな上等そうな首飾りや腕輪をつけてフラフラ内陸を目指そうなんて、危なくて誰もしないよ」
そう言いながら、占いババアはロキの首や手首を指差した。
「危ない……?」
「そうよぉ! この街は比較的治安がいいけど、内陸に行けば貧しい街も多いからね? 略奪や、それにあんたみたいな綺麗なのだと攫われて売っぱらわれちまうよ」
「えっ、そんなっ……人を攫って売るなんてことがあるんですか⁈」
ロキが驚き問い返すと、占いババアは深いため息をついた。
「悪い事は言わないよ、せめてその子がある程度大きくなるまでは、ここらに止まんな。あー、なんならうちに置いてやっても良いよ、部屋は子供の頃息子が使ってたところが空いてる」
「い、いえっ、そんなっ!」
「あー、遠慮とかそういうのめんどくさいのは嫌いだよ。ウチだって男手がある方が助かるんだ。それにあんたが客引きになって、女のお客が増えるかもしれないしねえ?」
占いババアはそういうと、唾を飛ばして笑い声を上げた。
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