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22-4.
占いババアが強引に引き止めたわけではない。もう一晩だけ、ここにいようと思ったのはロキの意志だ。
ババアの物言いは明け透けだったが、それでもロキが言葉を濁すとそれ以上の追求はしてこない。
ルロアも確かに少しませてて生意気だが、根が優しくて良い子でよく占いババアの手伝いをしているようだった。
飯もうまくて、服も息子の昔着ていたものがあると渡してくれた。用意してもらったベッドも柔らかくて、とにかく居心地が良かった。
その夜、ベッドの上に寝転がりながら、ロキは思った。このまま、占いババアの言葉に甘えて暫くここに滞在しても良いのではないだろうか。
内陸は未知の危険があると言う。ならば、せっかく良くしてくれるこの人の元にいる方が、楽で安心だ。
「オーディン、どう思う?」
ロキは記憶の中の彼に問いかけた。
ロキと向かい合うように、ベッドに横になった青い双眸が愛おしそうにこちらを見つめている。枕に流れた漆黒の髪をロキが指先で弄ぶ仕草を、オーディンは気に入っているようだった。
――オーディンはお前が裏切ったと知り、激怒している
運命の女神ウルズの言葉が思考を掠めた。途端に目の前の双眸が、キツく目尻を釣り上げる。ロキは枕を握りしめた。
「違うよ、俺は裏切ってなんかいない」
今から彼の元へ戻り、そう訴えて、黄昏の真実を告げれば全てを受け入れてくれるだろうか。
しかし、オーディンがロキを受け入れたとしても、神殿の神々はフェンリルを殺そうとするだろう。
ロキは瞼を閉じた。もう一度開くと青い双眸は姿を消し、ロキの隣には誰も眠らない空白があった。
体を起こす。
小さなソファの上に占いババアが用意してくれた籐籠が置かれている。その中に、オメガの赤ん坊が眠っていた。
――簡単だ、そいつを殺せ
運命の女神ウルズの言葉が再び掠める。
出自のわからないこの子を殺せば、オーディンにはもうフェンリルを殺さなければいけない理由がなくなる。ウルズが言う通り、簡単なことだ。
ロキはベッドから立ち上がり、ソファの横に膝をついた。カゴの中に手を伸ばす。赤ん坊は何も知らずに穏やかに眠っている。
ムチムチとした顎に隠れた首に指を伸ばした。この小さな首は力を入れたら簡単に折れてしまうだろうか。
赤ん坊の皮膚は温かくて柔らかく、少しだけ汗で湿っていた。
――いやぁ、赤ん坊ってかわいいわねぇ、どうしてこう赤ん坊って可愛いのかしら
占いババアの声が掠め、ロキは力なく笑った。
「ほんと……どうして可愛いんだ……こんなの、ずるい……」
ダメだ。やはり自分にはできない。簡単ではない。
ロキは籐籠の縁に額をつけて項垂れた。
ふと、足元に何かが触れ、ロキはそちらを見下ろした。月明かりを模した残光に浮かぶ白くホワホワの毛並みにロキは驚愕した。
「フェンリル……起きた……のかっ⁈」
ロキが創り出してからほとんど眠ったままだった小さな狼が、その薄いブルーの瞳を開いたのだ。
いつのまにか袋から這い出して、よちよちとロキに擦り寄っていた。
その姿を見たロキの心に湧き上がったのは、愛しさよりも恐怖だった。
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