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22-5.

 止まっていたフェンリルの時間が動き出してしまったのだ。この子がバルドルの予言通りに大きく成長してしまえば、が来てしまう。  ロキは、支度を整えた。占いババアくれたスリングで赤ん坊を包み肩から下げ、その上にまだ小さいフェンリルを乗せた。  ここでゆっくりしている場合ではない。ウルズが言ったように、早く内陸に姿を隠さなければ。 「行くのかい?」  ロキはこっそり出ていくつもりだった。  しかしこんな夜更けというのに、占いババアは一階の店の椅子に座っていた。暗がりで気が付かなかったが、ロキが扉に手をかけたところで、背後から声をかけられたのだ。 「はい、やっぱり、急いで内陸に行かないといけなくて……すみません、ちゃんとお礼も言わないで」  ロキは、占いババアに頭を下げた。 「あー、急いで行かなきゃってんなら仕方ないから、良いのよ、でも、ちょっと、ちょぉーとだけ待ってなさい!」  占いババアは手のひらをロキにかざして「待って」と示す。  ロキが頷くと、辿々しい足取りでそれでも最大限急いだ様子で二階に上がり、何やら持って降りてきた。  布地の大きなカバンだ。背負えるように紐がつけられている。 「とりあえず、ミルクとパンと、息子のお下がりだけど着替えも入れといたから」 「そんなっ……」 「いーから! 遠慮とかはめんどくさいからやめておくれよ」 「ありがとうございます」  赤ん坊を抱えたロキの背中に、占いババアはバッグを背負わせてくれた。 「それから、これは外しときな。見えないところにしまっといて、どっかの町で換金したらいい、きっとそこそこの値段がつくから」  そう言って、ババアはロキの首飾りや腕輪を外し、バッグの奥へと押し込んだ。 「できるだけ大きな街道を通るのよ! 身なりの汚い男は信用しちゃダメ、それからあまりにも身なりが良すぎる男もね! あー、女も簡単に信用しちゃダメよ、あんたが信じて良いのはあんた自身だけ!」  ババアは唾を飛ばしながら言った。 「ありがとう……ほんとうに、何から何まで……」  ロキは言いながら、その瞳を潤ませた。 「息子がね、いなくなった時……ちょうどあんたくらいの歳だったのよ。まあ、見た目はちっとも似てないけどね?……それでもさ、息子を待ってたあの海で出会ったあんたを、ほっとけるわけないだろうよ」  占いババアはそう言って、鼻をすんと鳴らした後で間に挟まれた赤子を気遣うように、優しいくロキの体を包容した。 「ロキ……また、いつでもおいで」  そう言って、占いババアは顔を上げて微笑むと、ロキが抱いた赤ん坊の前髪をそっと撫でた。

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