173 / 181

23-2.

 ロキはもう一度手を伸ばした。今度はしっかりと自分の手が伸びていく。指先が光を捉え握りしめると指の隙間から四方に光線が伸びていった。 「……ぃ……っ!」  向こうから声がする。  無理やり引っ張り上げるような、絶対的な力を含んだ声だ。  ロキは唸った。するともう一度声がする。 「おいっ! チビ! 起きろ!」  頬を叩かれ、ロキははっきりと覚醒した。  瞼が開き視界に飛び込んできたのは、艶やかな黒髪を携え、ブルーの左眼でこちらを見下ろす最高神オーディンの姿だった。 「嘘だろっ⁉︎」  ロキは瞬間起き上がった。  ここは神殿、フェンに喰われたあの場所だ。慌てて見渡すが、大きくなった白狼フェンリルの姿はない。目の前にはフェンに喰われたはずのオーディンが、五体満足でロキの前に膝をついている。 「お前、このやろうっ‼︎ フェンの体をどうしたんだっ‼︎」  ロキはオーディンの胸ぐらに掴みかった。  そこで初めて自分自身も五体満足だと気がついたがそれどころではない。  器であるフェンリルの体がオーディンに奪われてしまった。 「離せちびっ!」 「くそうっ! 返せっ返せよっ! フェンの体を返せ! 大体なんで見た目がお前なんだよ! フェンはもっとこう、毛が真っ白でふわふわで」 「あーうるせぇ!」  オーディンはロキの両腕を掴み、ぐっと眉を寄せて睨みつけた。その覇気で、思わずロキは押し黙る。 「フェンリルはまだここにいる。今は眠っているだけだ、この体は全て終わったらきちんと返す!」  それだけ言うと、オーディンは立ち上がった。  そしてロキの胸ぐらを乱暴に掴んで立ち上がらせる。長身のオーディンに引き上げられ、ロキは一瞬足元が宙に浮いて首がしまった。  神殿の広間を見渡すと、ミーミルや神々の姿は無くなっている。そして、どう言うわけか異常に暑い。気がつくと、ロキは身体中にじっとりと汗をかいていた。 「この暑さはなんだ?」  ロキがオーディンに尋ねると、オーディンは苦々しい表情で舌打ちをした。 「ヨトの巨人族が、|スルト《炎の巨人》を呼び出した。アースガルド中に火を放っている」 「そ、それって! ユグドラシルを燃やすってやつじゃ……⁈」  何もかも大丈夫だとバルドルは言っていた。しかし、状況は最悪だ。  トールもフレイも、レイヤが巨人族の説得に向かったと聞いて青ざめて出ていったらしい。 「チビ、あいつに乗れるか」  オーディンが指差したのは、壁際でシクシクと大きな体でうずくまっているニーズヘッグだ。羽根をくたりと閉じて、怯えたようにチラチラとこちらの様子を伺っている。 「フレイが乗ろうとしたが怯えて飛ばなかった」  そのため、フレイとトールにはオーディンの馬を貸したのだと言う。 「すごく怯えてるみたいだし、無理やり飛ばすよりも、引っ張って走って逃げるほうが……」 「逃げる?」 「え?」 「逃げるんじゃない、あいつに飛んでもらう必要がある」 「……え、な、なんで?」  説明が面倒だとでも言いたげにオーディンが舌打ちをした。 「飛ばせるのか、飛ばせないのかどっちだ!」  オーディンの剣幕に気押されて、ロキは思わずたじろいだ。気づけば、とにかくやってみると首を縦に振っていた。 「おーい、ニーズヘッグ、怖くないよぉ」  ロキがゆっくりと歩み寄ると、ニーズベッグは頭を伏せて上目遣いにロキを見上げている。「ピュォピュォ」と落ち着かない呼吸が、ニーズヘッグの不安な気持ちを表しているかのようだ。 「なぁ、また俺たちを乗せて飛んで欲しいんだよ、お前ならできるだろ? ほら、一番下の冥界から上層まで飛んだろ? あれ凄かったなぁ、もう一回やってほしいなぁ?」  そう言いながらロキはニーズヘッグの後頭部をさすった。しかしニーズヘッグは相変わらず「ピュォピュォ」と息を漏らすばかりだ。 「おい、飛ばせるのか? 飛ばせないのか?」 「もうっ! うるさいなっ! ちょっと黙って!」  肩に置かれたオーディンの手をロキが払う。するとそのはずみで、ロキが無意識に握りしめていたままだったものが床に転がった。

ともだちにシェアしよう!