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23-3.

 朝日を閉じ込めたような輝く鉱石は、ニーズヘッグの目の前まで転がると煌々と光を放ちはじめた。  途端ニーズヘッグが頭を持ち上げ、その瞳を見開いた。大きく息を吸い込むと身体中を震わせるほどの低い咆哮が神殿中に響き渡る。天を仰いだニーズヘッグは翼を広げ、前足を持ち上げた。 「あ、ぁぁぁあ! こ、これっ、多分飛ぼうとしてるっ!」  ロキが間抜けな声を出すと、オーディンが床を踏み締めた。軽やかな動きで鉱石を拾い上げると、ロキの体を脇に抱え、軽々とニーズヘッグの背に飛び乗る。抵抗したり悲鳴を上げる間すらなく、ロキはオーディンの前、ちょうど背中を支えられるような体制で冥界のドラゴンにまたがっていた。 「いけっ! ニーズヘッグ!」  最高神が叫ぶとニーズヘッグは今一度咆哮し、まるで馬のように前足をかき、鋭い爪を神殿の床に突き刺した。そのまま爪痕を残しながらも、広間の壁に向かって突進していく。 「えっ、えぇぇ!」  またロキは間抜けな声を上げて、強く目を閉じ衝撃に備えた。しかし、予想した痛みはなく代わりに体が直角に傾いた。ロキの背中をオーディンが支えているようだ。 「おい! 何が飛ぼうとしてるだ! これじゃ登ってるだけだ!」  オーディンの怒号にロキが恐る恐る目を開けると、ニーズヘッグは神殿の壁に爪を立て、ガシガシと壁を登りはじめた。広間の天井は高いが、それでもこの速さではすぐに激突してしまう。  そう思った瞬間、ニーズヘッグは翼を広げその体を翻した。ロキは必死にニーズヘッグの体にしがみついた。ニーズヘッグは捻るように体を一回転させたので、おそらくオーディンの支えがなければロキは振り落とされていただろう。  壊れた神殿の大扉から、ニーズヘッグだは外に飛び出し、また体を翻し、今度は神殿の外壁にしがみついた。  爪を立て、ぼろぼろと壁材を破壊しながらも、それでも真っ直ぐに上を目指している。  ロキが肩越しに振り返ると、オーディンはとりあえず上を目指してくれるなら良いと思ったのか、今は黙って、向こうに広がるアースガルドに目を向けていた。 「黄昏……」  オーディンの視線の先をロキは呟いた。  それは終焉が近づくと言う意味の比喩的なものだったのかもしれない。しかし今目に映る燃え盛るアースガルドが放つ光が曇った空に映すのは、まさに黄昏の色だった。  神殿がある切り立った崖の向こうには深い谷を挟んで、森林地帯が続いている。それは西の方角だ。そちらには中層と上層を繋ぐビフロストという橋があるとオーディンは言った。  おそらくそこから巨人族たちが押し寄せたのだろう。燃え上がっているのは西方の森で、その少し先の平原で黒い点がぶつかり合っているのが見える。おそらく神々と巨人族が衝突しているのだ。中には異質な大きさの塊も見えるが、何か異形の神かそれとも兵器なのだろうか。  そしてその戦線の一端に、マグマのように赤い塊がゆっくりと森を飲み込んでいくのが見える。その塊が触れると木々は燃え上がり倒れ、通り過ぎた背後は炭だけが残って黒かった。 「あれが、炎の巨人(スルト)か」  オーディンが、奥歯を噛んだ気配がある。 「巨って、もう人型ですらないじゃないかっあっ、うわぉっ!」  神殿を登り続けていたニーズヘッグは、とうとう頂上まで登り切ったようだ。  三角屋根の頂点に立ち、今度はどうするのかと思えば、屋根を蹴り飛ばし勢いよく宙に飛び立った。

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