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24-3.
産院を離れてから、ロキとフェン、ヴァクの三人は人気が落ち着くあたりを歩いた。
「なんだロキ、とうとう俺の嫁になりにきたのか?」
復興を続ける街並みを眺めながら、冗談めかしてヴァクが言うと、フェンが口を尖らせロキを抱き寄せた。
その仕草をみて、ヴァクは笑い声を上げた。
「わかってるよ、取ったりしねぇって、オメガは最高神のものなんだろ?」
ヴァクはそう言うと両手を上向け、肩をすくめた。
「にしても、お前があの犬っころとはな? あー、今は最高神フェンリルか」
顎に手を当てながら、ヴァクはフェンの顔を覗き込む。
フェンは「そう言われると照れちゃうな」などと呑気に笑っているが、こうなるまでに、実は一悶着あったのだ。
フェンリルはもともと神の器として創られたが、薬で正気を失っていたとはいえ、巨大化したフェンは神殿を破壊して、オーディンを食べてしまった。
そのことを咎めるものと、最高神を食ったのだから、フェンリルこそが最高神の座に着くべきだと考えるものとで意見が分かれたのだ。
論争はしばらく続いたが、結局は、フェンリルに食われた後のオーディンがユグドラシルに光を灯し、そしてまたフェンリルにその体をあけ渡したのだから、オーディン自らがフェンリルに最高神の座を譲ることを望んだのだと結論付けされた。
「でも、実際フェンにはまだ最高神の役割なんて難しいから、今は実質的にトールが取り仕切ってるよ」
ロキが言うと、ヴァクは「あの雷神か」と、何かを思い出し少々苦々しい顔をして見せた。
「ねぇ、ヴァク……俺たち、騙したり傷つけたりって色々あったけどさ……今日は……和解したいと思ってきたんだ」
ロキは立ち止まり、気恥ずかしい気持ちを隠すように視線を足元に落とした。
子供が喧嘩の後の仲直りを申し出るような気分だ。状況はそれよりも過酷だったが。
ヴァクはそんなロキを揶揄うかと思ったが、意外にもきちんと立ち止まって向かい合うと真剣な表情を向けた。
「そうだな。危ない目に合わせて悪かった。お前が冥界に落ちた後、心底後悔したんだ。戻ってきたって聞いて、安心したぞ」
そう言って、差し出されたヴァクの大きな手を、ロキは両手で握り返した。
「それから、お前を食おうとして悪かったな」
今度ヴァクはフェンを向き、そう言って笑った。食おうとしていたと言う方がよっぽど恐ろしいのだが、どうやらヴァク達の間ではすでに過ぎ去った過去として、「俺たち最高神を素揚げにして食おうとしてたらしいぞっ!」と武勇伝に近い笑い話になっているようだ。それについては、フェンは少し不満げな様子を見せているが、「和解」とロキが繰り返すと、しぶしぶ差し出されたヴァクの手を握った。
「それで? ここにきた目的は、それだけじゃないだろ?」
一通りの話を終えた後で、ヴァクの方から切り出した。どうやらレイヤはもう一つのロキ達の目的についても手紙にしたためていたようだ。
「ヴァク……実は、頼みたいことがあって……」
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