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夢見る俺たちのオメガバース (5)
「航生 ……?」
そこに立っていたのは、幼馴染でクラスメイトの木瀬 航生だった。
どうして航生がここにーーそう思ったのは一瞬で、誰かが来てくれた安心感にすぐに上塗りされる。
「航生ぃ……っ」
持っていた通学鞄を床に放り投げて、航生がベッドに駆け寄ってきた。
「大丈夫か……!?」
「助けて……っ」
「どこが痛い!?」
切れ長な目をくわっと見開き、白目を血走らせながら俺を覗き込んでくる。
いつもは嫌味なくらい冷静な航生の必死な形相が、ほとんど限界に近かった俺の涙腺をあっけなく崩壊させた。
「航生、どうしよ、俺っ……」
「どうした!」
「漏らしちゃったぁ……っ」
「は……?」
航生は首を傾けて俺の下半身を見やると、ほうっと息を吐いた。
「なんだ、そんなことかよ……」
「そんなことじゃない……っ」
パジャマがお尻にべったり張りついてる。
嫌だ。
恥ずかしい。
いくら幼馴染だからって、こんなの航生にだって見られたくない。
確かに背の順は学年で一番前だけど、俺だってもう高校生なんだ。
それなのに、漏らすなんて。
「しょうがねえじゃん? 具合悪いんだから」
俺の頭をよしよししてから、航生はテキパキ動き始めた。
濡れたタオルと乾いたタオル、新聞紙の束、ビニール袋、新しいシーツとパジャマ、それにパンツ。
一階と二階を行ったり来たりしながら、いろんなものを集めて来てくれた。
「ほら、着替えんぞ」
航生に背中を支えてもらいながら、俺はゆっくり身体を起こした。
脱ごうとしたパンツがずっしりと重くなっていて、一度は止まった涙がまた溢れてきてしまう。
そんな俺の気を紛らわせるように、航生は淡々と言葉を紡いだ。
心配した母さんから、帰りに様子を見に寄ってほしいとメールが来たこと。
本当は放課後に来るつもりだったけど、なんとなく胸騒ぎして学校を早退してきたこと。
そしてその判断が間違ってなかったこと。
「やっぱ俺、天才じゃん。出来すぎる幼馴染様に感謝しろよ」
得意げに笑う航生に釣られるように、ようやく俺の涙が止まった。
態度が悪いせいで誤解されることも多いけど、航生は優しい。
俺が困った時はいつもこうして飛んできてくれるし、困ってない時も近くで見守ってくれてる。
同じ年なのに兄弟に間違われて悔しかったりもするけど、航生がいない人生なんて想像すらできない。
幼馴染で、兄弟で、親友で、大切な存在。
俺はいつも、航生に助けられてばっかりだ。
「……航生」
「ん?」
「……ありがと」
航生は右の眉毛を持ち上げると、フンと鼻で笑った。
そしてくしゃくしゃになった俺の頭をかき混ぜると、くいっと顎を持ち上げて合図する。
「ほら、足上げろ」
「……ん」
いい加減、ぐちょぐちょになってしまったパンツを引き抜こうと左足を持ち上げたーーその時、
「あっ……!」
どこからか、ゴポッと音がした。
航生が息を呑む音がする。
まただ。
また、何かーー出た。
「なんだ、これ……」
「お前、これ……」
ほとんど同時に呟き、
「あっ……!」
「うっ……!」
ほとんど同時に胸を押さえた。
心臓がどくどく動き、お尻がとろとろに濡れて、股間がむくむく起ち上がってくる。
呼吸が苦しくなって、全身から汗が噴き出て、涙と涎がダラダラ溢れて止まらない。
「なんだよ、これぇっ……」
「理人お前っ……」
「航生、航生ぃ……っ」
「お前なんで、Ωなんだよ!?」
「Ω……?」
「どう見てもそれ、Ωの発情じゃねえか……!」
この世には、男女の他に、3つの性別が存在する。
α、β、Ωに分けられるそれらは男にも女にも平等に発生して、Ωは男でも子供を産むことができる。
そんなことは、小学校の保健体育でみんなが習う常識だだ。
だからもちろん俺もそのことは知ってて、でも、自分には関係ないと思ってた。
だって俺は、
「発情って、なんでっ……? 俺、βなのに……!」
俺は、βだ。
中学生の時に受けた全国一斉検査の結果表に、太文字で『β』って書いてあったのをしっかり見た。
だから、発情なんてするはずない。
「誤診だったってことだろ」
「まさか、そんなの……」
ありえないーーそう叫びたいのに、今まさにこの身体に起こっている現実が、俺に続きを言わせてくれない。
俺が、Ωだったなんて。
発情してるなんて。
嫌だ。
怖い。
止めて。
助けて。
「航生……!」
俺は航生にすがりついて、でも引っ付いた身体はすぐに航生自身の手で引き剥がされた。
「こ、航生……?」
見上げた航生の瞳は、怯えていた。
得体の知れない生き物を見るみたいに。
これまで向けられたことのない眼差しで、俺を見ていた。
「待って、どこ行くの……!?」
「帰んだよ! このままここにいたらっ……」
ーーお前を襲っちまう。
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