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夢見る俺たちのオメガバース (12)
三時間後ーー
「……ふう」
俺はぐったりとした気持ちで、傾き始めた太陽を見上げていた。
青空を侵食し始めたオレンジ色が綺麗だ。
理人さんが好きそうな空模様だなあ、なんて思いながら、ほけーっと天を見つめる。
『そもそも、理人さんはどちらかと言うとαなのでは!?』
『じゃあ、佐藤くんがΩってこと?』
『うーん、それは……』
『わかった! α×αのマウントの取り合いだ! 一度描いて見たかったんだよね〜』
『そんなジャンルがあるんですか!?』
『ある! しかもわたしの大好物! 佐藤くんはどっちがいい!?』
『どっち? って……』
『突っ込むα? それとも、突っ込まれるα?』
『そりゃあ突っ込む方がいいです! でも、相手が理人さんなら突っ込まれる方も全然いけます!』
……ああ。
なんであんなことを言ってしまったんだろう。
宮下さんは両手を叩いて喜んでくれたり、「愛だね……」と涙ぐんだり、「尊い……!」と言いながら万能の神を讃えるように拝み倒したりしてくれたけど、俺はやめたい。
理人さんが絡むとおかしくなるのを、本気でやめたい。
「はああああぁぁ……」
疲れた。
ものすごく疲れた。
でも、もうすぐ理人さんに会える。
そうだ、なかったことにしよう!
理人さんが合流したら『グリーンガーデンカフェ』に誘って、今日の記憶をすべて理人さんとの新しい思い出で上書きしてしまえばいい。
『ここって俺たちのあの場所……だよな?』
そんな風にはにかむかわいい理人さんのためにクリームソーダを頼んで、大切そうにバニラアイスを口に運ぶ理人さんの手に、そっと俺の手を重ねて。
理人さんはハッとしたように目を見開いて、でも、手をどけようとはしない。
スプーンを口に運ぶスピードが心なしか速くなって、だから俺はちょっと笑って、
『ゆっくり食べて。夜はこれからだから』
『だって……早く佐藤くんが欲しいもん』
唇でへの字を描きながら、理人さんがほんのり頬を紅く染めてーー
「ひいぃ……ッ」
ものすごくいいところで、突然思考をぶった斬られた。
「お待たせ!」
肩を叩いてきた手の持ち主は、小説の登場人物でも、俺の妄想の住人でもなく、正真正銘、本物の理人さんだった。
「悪い。驚かせたか?」
とかなんとか言いつつ、理人さんの顔には『してやったり』が堂々と張りついている。
きっと俺を驚かせるために、後ろから忍び足でそーっと近づいてきて、えいっとやったんだろう。
まったく、もう。
「やめてください。心臓に悪い……!」
「佐藤くんが全然俺に気づかないからだろ」
理人さんが、唇を尖らせてプンスコしている。
ああ。
ごめんなさい、宮下さん。
宮下さんの描く〝安崎日佐人〟もきっとかわいさ満開の奇跡のオッサンなんだろうけれど、やっぱり本物の理人さんには勝てないと思う。
「なんか、すごい荷物ですね」
「うん。みんなが色々くれたんだ。差し入れですって」
理人さんは、いつになくご機嫌だ。
リモート会議が当たり前になってからは、こうしてわざわざ出張してまで会議に出席する機会がほとんどなくなった。
久しぶりの本社だから、懐かしい顔ぶれも多かったんだと思う。
「あ、そうだ。これ、航生から佐藤くんに」
「木瀬さんから……?」
現実世界の木瀬さんは、理人さんの高校時代の先輩で、会社の同僚で、元カレだ。
今では木瀬さんにも渋谷 さんという大切な人ができて〝恋敵〟という肩書きは消滅したけれど、バレンタインチョコの中身がTバックだったり、誕プレが大人のオモチャだったりした前科があるから、油断は大敵。
だから俺は、差し出された紙袋を恐る恐る覗き込んだ、けど。
「あれ、普通だ……」
紙袋の底に横たわっていたのは、細長い箱。
「酒……ではないですよね。なんですか、これ」
「航生が言うには、なんか『特別な醤油』らしい」
「特別な醤油?」
「渋谷と醸造所に社会見学 に行ったらしくてさ。確か、普通の醤油よりずっと長い間寝かせて、熟成させて……とにかく、すごい醤油だから味わえよって」
「大事なところ全然覚えてないじゃないですか」
「しょ、しょうがないだろ。航生が早口だったのが悪い」
理人さんは、む、と唇を突き出してから、ん、と腕を伸ばした。
「俺には価値がわからないだろうから、必ず佐藤くんに渡すように航生に言われた」
「プッ、ありがとうございます」
俺が紙袋を受け取ると、理人さんはすぐにスマホを触り始めた。
きっと「ブツを渡したらちゃんと報告するように」と木瀬さんに言いつけられていたんだろう。
「木瀬さんにLIMEですか?」
「一応な。後で航生がうるさいし」
相変わらずぎこちない指遣いで文章を作りながら、理人さんが頷く。
なぜだろう。
ーー航生。
この音が、今日はやけに耳につく。
理人さんと木瀬さんはもうなんでもなくて、最近はむしろ木瀬さんは俺と連絡を取り合うことが増えたから、理人さんがヤキモチ妬くことだってあるくらいなのに。
きっと、宮下さんの小説を読んでしまったせいだ。
ーーこれ、止めてぇ……っ。
お尻を左右に開き、〝理人〟は強請った。
幼馴染の〝航生〟に。
お尻を開いて強請る理人さんの姿なんて、あまりに簡単に想像できる。
だって、そんなの俺にとってはフィクションでも何でもない。
俺の前で何度もやったことがあるし、何なら昨夜だって見たし、きっと今夜も見せてくれるんだと思う。
でも、あの世界で、〝理人〟の相手は俺じゃなかった。
俺という相手がいるのに、〝理人〟は簡単に尻を開いて見せた。
幼馴染の〝航生〟に。
「……」
あ、やばい。
ものすごくイライラしてきた。
「よし、送ったぞ。佐藤くん、グリーンガーデンカフェ寄ってくだろ? 新幹線まではまだ時間あるし、クリームソーダはしごしないか? 航生から、新しいカフェができたって聞いてーー」
「理人さん」
「んっ?」
「お願いがあるんですけど」
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