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第4話 進学

 再会はしたが、何かが急に変わったという事はなかった。  聖は相変わらす秀平の自宅である駄菓子屋の古いゲームに興じ、秀平が体操の練習から帰って来ると、他愛ない話をして時間を過ごした。  変わった事といえば、ゲームが早く終わったり、秀平が帰って来るのが遅くなっても、聖は駄菓子屋の前でぼんやりと秀平を待つようになった事だ。  最近の駄菓子屋は、子供だけが集まる場所ではない。むしろ大人がノスタルジーに浸る場所だ。  都心から近い温泉地である事が売りのこの町だが、その他に目立った観光資源はなく、古い建物による昭和チックな町並みをもっと活かそうとする取り組みがあった。  この駄菓子屋も、そのレトロ計画の要の一つとされている。  聖は、そんな駄菓子屋で、大人げなくハシャぐ観光客を眺めるのは嫌いじゃなかった。  その日も暑かったが、日差しは少し柔らかく、間もなく訪れる秋を予感させた。  店内では、白人の観光客が「アメージング!」とか叫びながら大笑いしている。外国人も駄菓子屋は楽しいようだ。  二人は、店の前の軒下にある木製のベンチの上にできる僅かな日陰に身を隠し、アイスキャンディを噛りながら店内からの南部なまりの強い英語を聞き流していた。 「ところで、聖ちゃん。高校どうするの?」 「だから、ちゃん付けはヤメロって」 「ゴメン、聖くん」 「S高。あと、ダメもとでT高も受ける」 「T高か。ボクも受けるかな」 「体操部は無いぞ」 「無くていいよ。体操はクラブで続けるから」  秀平は、オリンピック選手を何人も輩出したような名門の体操クラブに通っている。 「学校の友達と高校の話はしないのか?」 「そりゃするよ。みんなでM男子校行ってK大目指そうとか。でもさ、小中と聖くんと別だったし、高校ぐらい一緒に行きたいよね」 「そ、そうか?」  素っ気ない態度とは裏腹に、聖は秀平の言葉が嬉しくて仕方ない。 「うん。でも、ダメもとじゃなくて、頑張ってT高に行こうよ。勉強ならボクが教えるから」 「文武両道かよ。イヤミなヤツだな」  中学では『姫様』とか『お嬢様』とか呼ばれ、奇異な目で見られている聖は、その目を差別的と感じ、学校に親友と呼べる存在を作らなかった。  だが、秀平は違った。一人前の男として接してくれる。  それが聖には何よりも嬉しかった。  確かに女の子と勘違いしていた過去はあるが、それは大目に見てやることにした。 ☆  秀平の教え方が上手かったのか、聖の努力の結果か、二人はめでたくT高に合格する。  そして、友情はより強固なものとなった。  しかし、運命の女神は気まぐれだ。  二人の友情は、何と天秤にかけられたのだろう。  高校進学を境に、一人の女生徒との出会いが、二人の関係を緩やかに変えていく……。

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