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第6話 決心
中学の卒業式まで後四カ月という時期に、八木沙奈恵は不登校になった。
その不登校だった期間を、沙奈恵は無駄だったとは思っていない。
早熟だった沙奈恵には、生き急ぎ過ぎているという自覚があったし、曲がり角ではスピードを落とさないと事故ってしまう。
いや、事故ってしまったので、ここはもう一段ギアを落として慎重に走るべきだ。
そう沙奈恵は思っていた。
そして、引きこもっている時に母親の本棚で偶然見つけた古いイギリス映画『アナザー・カントリー』のDVDが、今の紗奈恵の人格形成に決定的な影響を与えたのは間違いない。
とにかく、美少年ばかりがこれでもかと出てくる映画だった。
美しいのは少年ばかりではない。一つ一つのシーンの美しさが胸を打つ。
物語的には主人公達のレーニン主義への傾倒など、現在の日本の中学生には理解できない部分もあるが、儚く切なく美しく描かれる少年同士の恋愛こそ至上なのだという真理に到達できたのは、紛れもなくこの映画のおかげだった。
それからは、ご多分に漏れずにBLマンガやラノベを買い漁り、登校もせずに読み耽る日々を過ごす。
それは単に怠惰なのではなく、自分が立ち直るには必要な通過儀礼だったと沙奈恵は思っていた。
高校に進学し、新たな日々が始まった。
中学の頃のような過ちは、もう二度と起こす訳にはいかない。
低い位置で髪を束ね、コンタクトをやめて淵の太いメガネにした。スカートを長くして、ピアスを外したら、クラス委員長に推薦されて、そのまま委員長になってしまう。
以前ならダルくて、大暴れしてでも拒否したところだが、沙奈恵は自分のクラスで発見してしまうのだ。
空想の産物とばかり思っていた、リアル『アナザー・カントリー』の世界を。
気は優しくて力持ち、一流の体操選手でありながら、決してそれをひけらかさない聖人、水島秀平。
人ならざるエルフか国民的美少女級の美しさでありながら、自由奔放、天真爛漫なイタズラ小僧の横澤聖。
この二人が相思相愛なのは腐ィルター無しでも明らかだが、どうしても同性の壁を乗り越える事ができないらしい。
そんな、じれったくも胸アツな二人を、クラス委員長という特等席で眺めるのは腐女子冥利に尽きたが、じれったさにも程がある。
夏休みが終わっても二人の関係に微塵の進展も無かったのを目の当たりにした時、愕然とすると共に、もしかすると高校卒業までこのまま何も進展しないのではないかと恐怖すら覚えた。
そして沙奈恵は、ついに観客席を立ち、舞台に登る決意をしたのだった。
幸い、文化祭の時期が近付いていた。
この文化祭を切っ掛けに、二人の愛を成就させる事こそ己が使命と、昇る朝陽に誓う沙奈恵であった。
その誓いは、やはりBLの神の意に沿ったものだったに違いない。
チャンスはネギを背負った鴨の形で向こうからやって来た。
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