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第8話 祭の前

「驚いた。聖くん、私の制服がピッタリね。身長は聖くんの方が少し高いけど、全く問題無いわ。だけど、胸には少し詰め物をした方が……そうだ、カップ付きキャミソールのカップに、古いストッキングを詰めるなんてどうかしら?」  八木女史の言葉に、聖は無関心を装って応える。 「何だっていいよ」 「だけど、友情の力よね。秀平くん以外のお願いだったら、OKしなかったでしょ?」 「当たり前だろ」  すると八木女史は、聖の目の中を覗き込むようにして言った。 「もしかして、女装に興味があったりして?」  聖の顔が瞬間で赤くなる。 「そんな訳! ネェだろ……」 「いいから、いいから。聖くん、可愛いもの。自分がどれくらい可愛くなるか、試したくなって当然よ。それに私、知ってるの。聖くん、バレエの発表会で、ズーッとお姫様やってたこと」 「え……何で?」 「私、今でもバレエ続けているから。聖くんはね、バレエをやっている人の間では、自分が思っているより有名人だったのよ」 「ムムム……」 「当日のメイクとセットは私に任せて。今のままでも十分可愛いけど、どこまで美しくなるか、今から楽しみだわ」  聖は、嫌な汗が背中を伝わるのを感じた。  T高校の文化祭は二日間、一日目は学校関係者のみで、二日目が一般公開となる。  秀平は完全に沙奈恵に手綱を握られ、準備にいいように使われていた。  沙奈恵は、クラス委員長であると共に美術部員でもある。美術部は女子部員ばかりで、男手を必要としていた。  そして、秀平が行く所には聖がもれ無く付いてくる。  沙奈恵は、労せず二人分の労働力を確保する事ができたのだった。  そして、本命のミッションも密かに進行していた……。 「『これ』はゴミ……だよな」  秀平の言葉に、八木女史の眼がつり上がる。 「失礼ね、先輩が創作したアートよ。聖くんなら解るでしょ?」  聖が『これ』を凝視する。 「大量消費社会への警告、といった主旨の作品だな」 「さすが聖くん、ご名答よ」 「という事は、この一つ一つのゴミ……失礼、パーツの配置に意味が有る訳だ」 「その通り。だから、この状態を写真に撮って、当日はこの通りに配置してほしいの」 「わかった」  秀平には、『これ』で会話が成立する聖と八木女史が不思議だった。  ボソッと呟く。 「『これ』がアートねぇ……」  さて、美術部では作品の展示と共に、デッサン教室が二日目の午前中に開催される。  毎年の恒例行事なのだが、悲しいかな参加者が恐ろしく少ないのも恒例である。  そこで、沙奈恵は一計を案じた。 『アイドル級制服美少女をデッサンしよう!』  それが今年の正式なイベント名である。 「なあ、女史。このアイドル級の美少女って誰のことだよ? 嫌な予感がするんだけど」  聖は、美術室の机の上に大量に積まれたチラシを見ながら言った。 「そこに書いてあるじゃない」  沙奈恵は、自分が文化祭で展示する絵画を何とか完成させようと、必死に筆を動かしながら答える。 「書いてないから聞いてんだろ。何だよ、シークレットって」 「シークレットはシークレットよ。誰も知らない、謎の美少女がモデルをやるの」 「ああ、嫌な予感しかしない……」 「ガタガタうるさいわね。制服貸して、メイクまでしてあげるのだから、少しぐらい手伝って」 「やっぱりオレじゃネェか。少しぐらいって、メッチャこき使ってんじゃん」  口ではこう言いながら、内心、増々文化祭が楽しみな聖だった。  聖と秀平のクラスでは、文化祭の定番だが、クレープの模擬店をやる事になっている。  だが、ただの模擬店ではなかった。  生徒の一人の親がクレープチェーン店の社長で、機材も材料も本格的な物を格安で調達できたのだ。  しかも、その生徒はクレープを焼き慣れており、味も見た目も保証済みときている。  あとは当日を待つばかりの状態だった。  クラスがそんな調子なので、沙奈恵は美術部の方に専念できた。  一時は諦めかけた絵画も、何とか完成しそうだ。ご機嫌で最後の仕上げに入っていた。  そんな沙奈恵の隣を、聖はブツブツと文句を言いながらイーゼルを運ぶ。今日は秀平が体操の練習に行ってしまい、1人で美術部を手伝っていた。 「違う、違う! イーゼルはあの台を中心に、放射状に置くの。あそこで聖くんが立ったり座ったりポーズをとるのだから、前の人で聖くんが隠れないように、互い違いに置くのよ」 「チェッ。自分は絵を描きながら人をアゴで使って、いいご身分だな」 「そんな風に言わないで。文化祭が終わったらお礼するから、ね」 「何くれるんだよ」 「そうねえ……私の身体を一時間好きにできる、なんてどう?」 「ヘッ? 何言ってんの?」 「ウソウソ、冗談よ。聖くんは秀平くん一筋だものね」 「バ、バカ野郎! なに言ってんだ……」 「ムキにならなくてもいいわよ。私にとって秀平くんと聖くんは、最高の推しカプだから」 「お、推しカプ?」  聖は気まずくなり、何とか話を逸らそうと沙奈恵の絵を覗き込む。  青黒いトーンで描かれた、半裸の若い女の絵だった。背中から生えている黒い羽が印象的だ。 「神話か何かに出てくる堕天使の絵、かな?」 「惜しい! これはね、私よ」 「え? だってこれ、バケモノじゃん」 「そうよ、私の内面そのもの」  聖は、絵をマジマジと見直す。 「怖い顔をしている。八木女史の何かを悟った表情とは、まるで違うぞ」 「悟っているのではなく、絶望しているだけよ。自分自身に」 「訳わかんネェな。言っとくけどさ、女史がホントは美人だって、オレ知ってるよ。わざと似合わないメガネして、地味にしてるだろ」 「凄絶美人の聖くんに言われても、見え透いたお世辞にしか聞こえないわねぇ。でもまあ、ありがと」  沙奈恵は、自分の絵を憐れむような目で見つめた。 「私はね、この絵と同じくらいおぞましい存在なのよ……いいわ、聖くんになら教えてあげる。私がどれくらい汚らわしい人間か」

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