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第10話 文化祭
文化祭の一日目、聖たちのクラスは大変な賑わいとなった。
前日にクレープチェーン店の息子が試し焼きをして何人か試食したのだが、店に引けをとらない味に皆驚き、噂が噂を呼んだのだ。
極上のクレープが文化祭価格で食べられるとあって、教室の前には長い行列ができた。
聖と秀平も裏方に徹し、生地を準備したり、バナナを切ったりして、アッという間に一日が終わってしまった。
大変だったが、高校最初の文化祭に相応しい充実した一日だった。
そして、いよいよ文化祭二日目。
朝からソワソワしていたのは、聖本人より、むしろ秀平だ。
「だってさ、美形で売ってる男性タレントが、女装したら骨格のゴツさばかり目立つなんて、よくある話だろ」
八木女史が笑う。
「そうね。だけど、聖くんに限ってそれは無いから」
「準備終わったんなら、早く見せてよ」
「ダメダメ。たとえ秀平くんでも特別扱いはできないわ。デッサン教室が始まるまでの辛抱よ」
八木女史のもくろみ通り、今年の美術部のデッサン教室は大盛況となった。
アイドル級の美少女とは誰か、こちらも噂が噂を呼んだのだ。
聖が自分で並べたイーゼルだけでは足らず、学校に有るだけの物が投入された。それでも足らず、後の方は画板を持って立ったまま、という状況になる。
だが、その状況に一番驚いたのは、聖本人だったに違いない。
八木女史の制服を借りて、ウィッグとナチュラルメイクをしただけの聖だったが、会場に現れた瞬間、その場の空気を変えてしまった。
その美しさにある者は息を飲み、ある者はタメ息をついた。
そして、T高の生徒達はヒソヒソと話した。
「……あんなコ、ウチの学校にいたっけ?」
聖は、最初こそ参加者の数に尻込みしたが、女装して人前に立つのはバレエ時代の経験がある。恥ずかしがったら負けだとばかり、堂々と部室の中央に立った。
そして、最初のポーズを取る。
立って小首を傾げただけの自然な姿勢だ。
それでも、バレエで鍛えた美しい立ち姿に、再びタメ息が漏れる。
そこで問題が起きた。聖に見惚れ、肝心のデッサンが手につかない参加者が大半だったのだ。
結局、美術部員が見回り、絵を描くように促す羽目になった。
最初のポーズが20分。10分の休憩を挟んで次のポーズも20分。
その日、聖は3回ポーズを取った。
「いや、ジッとするって、結構疲れるんだな」
デッサン教室を終え、参加者が帰った部室で聖は背伸びをした。
「プロのモデルさんは、20分6回が1単位なのよ」
八木女史の説明に、聖が眼を丸くする。
「ホントかよ。モデルさんスゲー」
「ところで聖くん、今日はそのカッコでしょ。男言葉禁止にしない? それと裏声ね。出せる?」
「えっ?」
「だって、午後からは秀平くんと私の友達も来るし、その口調だと最初から男だってバレちゃうわ。ねえ、秀平くん」
秀平は、優しい目で聖を見ていた。
「そうだな。女のコらしく振る舞う聖くんも見てみたいかもしれない」
「しゃーねー……じゃない。アー、アー。いいわよ、やってあげる。だけど、今日だけだからね」
秀平の笑顔が、何より嬉しい聖だった。
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