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第12話 後の祭り
「八木さん、今日は本当にありがとう。T高の文化祭がこんなに楽しいなんて」
——そりゃあ、他校の男子と仲良くなれたら、どこの文化祭でも楽しいでしょ。
「一緒の高校に行けなくて残念だったけど、また、こんな風に時々会おうね」
——カレができたら、わざわざ他校の女友達となんか会わないよ。
二人の言葉に、沙奈恵は心の中でいちいち突っ込みを入れる。
だが、それが本心かどうかは別の話だ。沙奈恵は、本当は二人に深く感謝していた。
クラスの男のコを誘ってヤリまくっている噂が広まった後も、態度を変えずに接してくれたのは、この二人だけだった。
沙奈恵は、自分を強い人間だと思っていた。そして、友達なんて、ジャマなくらい向こうから寄って来るものだとも。
だが違った。
人は手の平を返す。
侮蔑と嘲りの視線の中で平気でいられるほど沙奈恵は強くなかった。
そんな彼女を救ったのが、それまで地味で平凡でつまらないと見下していた、この二人だった。
いつも教室の片隅で本を読んでいるような女のコ。二人の話題はマンガにアニメ、文学に歴史、美術と、当時の沙奈恵にはよく理解できないものばかりだった。
だが、話しかけてくるのも、返事をしてくれるのも、その二人だけなので自然と仲良くなる。不登校になってからも、この二人とだけは連絡を取った。
ある日、思い切って聞いてみた。
「私のやった事、知っているでしょう?」
小さくて丸顔の五味という女のコは答えた。
「知ってる……でも、悪い大学生に騙されて自暴自棄になったんでしょ? 八木さんは何も悪くないよ」
背が高くて少しソバカスのある染野という女のコは言った。
「恋に狂えるって凄いなって。カミーユ・クローデルって、きっと八木さんみたいな人だったと思う。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど……」
染野は少しためらった後に言った。
「……ホントは八木さんに憧れてるの。私なんかじゃ、燃えるような恋なんて無理だと思うから」
カミーユ・クローデルと言われても沙奈恵はピンとこなかったが、後で調べて有名な彫刻家だと知った。
美貌と才能に恵まれていたが、ロダンとの不倫に溺れ、最後は棄てられて精神を病む。
精神病院でその人生を孤独に終える時、若い頃の美しさはみる影もなく、驚くほど痩せ干からびていたという。
そんな人生のどこがいいのかと沙奈恵は思うが、この二人は自分にカミーユを重ねて憧れているらしい。
要するに、恋に恋するお年頃なのだ。
だが、沙奈恵は自覚していた。
カミーユが溺れたのはロダンとの恋だが、自分が溺れたのはモブのチンポだ。
誰かに対してではなく、ただひたすらに肉欲に溺れたに過ぎない。
本当は二人が憧れる要素など、自分には何も無いのだ。
その証拠に、今の沙奈恵の肉体と心の平静は、愛用のアダルトグッズにより保たれている。
「私は、カミーユよりウンコに近い存在だから」
沙奈恵は本気で二人に言ったのだが、二人はジョークだと思って腹を抱えて笑うだけだった。
「カンくんたちとカフェに行くけど、本当に来ないの?」
五味は、本当に残念そうだ。
「美術部の片付けがあるし、これからが忙しいのよ。また今度ね」
嘘ではなかったが、青臭い集まりに巻き込まれたくないというのが本音だった。
「うん。また連絡する。八木さんの絵、とてもステキだった。マーク・デンスタッダーみたいで」
添野の言葉に五味もうなずいた。
——ああ、やっぱりわかってないな。
沙奈恵は思う。
マーク・デンスタッダーはイギリスの現代画家で、美しいスーパーモデル達を描くことで知られている。
片や、女史が表現したかったのは、自己の内面の醜さだ。
古典的な技法と都会的な雰囲気だけでマーク・デンスタッダーに似ていると言われるのは、沙奈恵の本意ではなかった。
だが、一応礼を言わない訳にはいかない。
「それはありがとう。ああ、それと、ノブってコに、私が中学の頃どうだったか、話しておいてくれる? 正直に」
二人は眼を丸くした。
「なんで? ノブくん、たぶん八木さんのことが好きだよ」
「だからよ。私がどんな女だったか、知ったうえで好きでいてくれるなら、私も考えるわ」
だが、女史は思っていた。
自分は愛される資格など無い、と。
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