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第13話 もう友達には戻れない
楽しい時間は、アッと言う間に過ぎ去る。
それを聖は実感していた。
誰も聖だと気付かない。だから、思い切り秀平に甘える事ができた。
さりげなく手を繋いだり、腕を組んだり。
男同士では人目を気にしてできない事を、自然にできた事が何より嬉しかった。
秀平も、聖をついつい女のコとしてエスコートしてしまう。
今も、コーラフロートを二つ買って、渡り廊下で待つ聖に届ける所だ。
ノブ達三人も、八木女史の友達二人も、聖を女のコと信じ切っていた。そして、秀平と聖を、お似合いのカップルとして扱った。
——あんな空気じゃ、こんな風に振る舞うしかないさ。
秀平は自分に言い訳する。
八木女史が美術部に戻り、秀平と聖は二人きりになった。
黄昏時の渡り廊下は、間もなく終わる文化祭を惜しむカップルが何組もいる。
体育館ではイベントの最後を締めくくる軽音楽部のバンド演奏が行われており、去年流行ったラブソングが聞こえてきて、いい感じだった。
秀平は、自分達の世界に入り込んだカップルの間を縫って進んだ。
沈み行く夕陽を見つめている聖の横顔が美しくて、秀平は思わず足を止める。
「……これ。ごめんね、人が多くてさ、アイスが少し溶けちゃった。それにしても、何でこんなにカップルだらけなんだろう?」
「ありがと……秀平知らないの? この学校で、文化祭の終わりを渡り廊下で一緒に過ごすのは、付き合おうって事と、それをOKって事なんだよ」
「うっそ?」
「ホントだよ。好き同士なのに、なかなか言い出せない二人の為の救済システムなんだって。だからホラ、この時間はラブソングばかり演奏するんだよ」
「そうかぁ……でないと、こんなにカップルだらけにならないか」
「嬉しい、秀平。オレ……いや、私のこと、そんな風に思ってくれてたなんて」
「いやいや。ボク、本当に何も知らなかったんだ」
「ヒドイ……私の心、もてあそんでいたの?」
もてあそぶという言葉に反応し、周りのカップルが一斉に秀平を睨んだ。
「ちょ、ちょっと勘弁してよ。どこまで本気なのさ」
慌てた秀平が小声で訴える。
しかし、聖は今こそ勝負の時と覚悟を決めていた。
「全部本気だよ。秀平が好き。秀平も、私なら全然イケるって、アレは嘘だったの?」
「嘘って言うか、冗談って言うか……いや、それでも男が一度言ったことだ。どうか、ボクと付き合ってほしい。思い返せば、ボクの初恋はキミだ。それが実れば、とても幸せだよ」
「嬉しい……」
うつむく聖の紙コップを持つ手が震えていた。
それが笑っているように見えて、軽はずみな事を言ったかと秀平は一瞬後悔する。
だが、次の瞬間、震える手の上にポトポトと大粒の涙が落ちた。
「えっ……泣くほどボクが好きだったの?」
聖は、濡れた瞳で秀平を見る。
「うん……好き」
——ああ、もう友達には戻れない。
秀平にはそれが嬉しくもあり、怖くもあった。
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