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第15話 最強の装備
次の日、文化祭の振替休日で惰眠を貪っていた沙奈恵に、聖から電話がかかってきたのは、間もなく正午になろうかという時だった。
「……」
「もしもし。聖ですけど、女史にお願いがあって……」
「なに? 眠いんだけど」
女史は寝起きが悪いらしい。
「ゴメンなさい。でも、女史にしか頼めなくて……」
「次のデートに着ていく服がないから、一緒に捜してほしい。違う?」
「スゴい……何でわかるの?」
「私にしか頼めないお願いなんて、他に何があるのよ。で、何時」
「オレはいつでも」
「二時間後、駅で。何も食べてないから、ランチ奢ってね」
「わかった! ありがとう女史、大好きだよ」
そう言って通話は切れた。
「ナチュラルに大好きって、どんだけ可愛い生き物なのよ」
沙奈恵は呟くと、ベッドからノソノソと起き上がった。
聖の顔に、『何でも聞いて』と書いてあった。
「うーん。そんな顔されると、逆に何も聞きたくなくなるのよね」
沙奈恵が言うと、聖は一気に落胆の表情になる。
それがおかしくて、沙奈恵は笑ってしまった。
「フフフ。ウソウソ、冗談よ。で、どうだったの?」
聖の顔が再び輝く。
「あのね、女史の言う通りだった。男のカッコに戻ったオレも好きだって言ってくれた」
「でしょ。二人に必要なのは、切っ掛けだけだったのよ」
沙奈恵の言葉に、聖は何度もうなずく。
「それで? 友達の垣根を越えてしまった二人に、それから何があったのかしら?」
「神社裏の公園に行ってね、夜景を見たの」
「ヘエ、秀平くんもやる時はやるじゃない。少し見直したわ」
「そらから、キ、キ……」
「キスしたのね」
聖は、耳まで真っ赤になってうなずく。
「どうだった? ファーストキスは、レモンの味がしたかしら?」
「ううん、クールミントの味だった」
「おっと、彼もすっかりその気で準備してた訳だ。それから?」
「それだけだよ」
「いつもマドラーで慰めている後の穴に、何かイイコトはしてもらわなかったの?」
「する訳ないよ。公園だし」
「そっか。あの辺、住宅街だしね」
「キスだけで幸せだし、満足だよ」
「うん、階段は一段ずつ登った方がいい。後で絶対いい思い出になるから」
沙奈恵は、心から聖が羨ましかった。
ファーストキスと初体験がほとんど同時だった沙奈恵は、初体験の強烈さにファーストキスの印象がほとんど吹き飛んでいるのだ。
キスで頬を赤く染める聖に、これだからボーイズのラブは最高なのだと思う。
ランチセットのスープとサラダがテーブルに並んだ。
八木女史は、スープを一口飲むと呻く。
「うー、胃にしみる」
聖が笑う。
「二日酔いのお父さんみたい」
八木女史が小声で言った。
「ここだけの話、最近ママが男にフラレてね、昨日はヤケ酒に付き合ってたの」
「お母さんが?」
「ええ。ウチ、母子家庭だから。私に男を見る目が無いのは、母親ゆずりなのよ」
パスタが運ばれてきた。
「私、パスタじゃペンネが一番好き」
「うん、ボクも。アラビアータが最高だよね」
他愛ない話と恋バナ。あれ程つまらない女子トークが、聖相手だと楽しく感じるのはなぜだろう?
沙奈恵は不思議に思った。
まあ、聖は女子ではなかったが……。
「ところで、初デートはどこに行くのかしら?」
「水族館」
「いいわね。どっちの提案?」
「秀平」
「ホント? 秀平のくせに生意気じゃない」
「ハハハ、生意気なんだ」
レストランを出た後、二人は沙奈恵が時々利用するという店に向かう。若者向けの、少しセクシーな服をメインに置いてある店らしい。
駅ビルの一角にあるその店に入ると、やたら巨大な胸をことさら強調した服を着た、真っピンクの口紅の店員が声を掛けてきた。
「いらっしゃいマセー。アラ、久しぶりー。お友達と一緒なんて初めてじゃない? イヤだ、ドエラい美少女。美人の友達はやっぱ美人なのね。今日はどーゆーのお探しかしら。今着ているみたいなボーイシュなヤツ?」
聖は圧倒されるが、女史はサラリと受け流す。
「このコが次のデートに着てくのを、私がコーディネートしてあげるの。ちょっと見せてもらいますね」
「アラそう? 何かあったら遠慮なく声かけてね」
店員が離れて行くと、女史が小声で言った。
「悪い人じゃないのだけど、あの人が選ぶ服って、露出狂みたいなのばっかりなのよ」
だが、それでなくても聖は怖じ気付いていた。
「女史、女史。オレ、ここにある服なんて着る勇気ないよ。このスカートなんて、履かない方がマシじゃない?」
「はあ? 何を今さら、何のために私を叩き起こしたのかしら? 少し冒険して、秀平くんをもっと夢中にさせるためでしょ? 私だってランチ奢ってもらった手前、今さら退けないわ」
女史は店内を歩き回り、目についた服を聖の身体に当ててみる。そして、幾つか手に取ると、店員に声をかけた。
「試着お願いします」
「ハイハーイ。アラ、ずいぶん地味なのばかり選んだのね。私も幾つか見繕ってあげましょうか?」
「いえ、結構です」
女史は、聖を試着室に押し込めると、自分が選んだ服を渡す。
「最初はコレとコレね。多分大丈夫だと思うけど、サイズが合わなかったら違うの持ってくるから」
そして、カーテンを閉めた。
聖は不安な気持ちのまま着替える。
やがて、鏡に映った自分を見て呻いた。
「ウーン。女史、これはムリだよ」
カーテンが勢いよく開けられる。
「ステキ! 何が無理なのよ?」
「スカートが短すぎる。少し動いたら、ホラ、横からパンツが出ちゃう」
「ボクサーブリーフだからよ。パンティーなら大丈夫」
「ムリムリ、女物の下着はムリ。お金だって足らないし」
「しょうがないわね。だけど、ボクサータイプはやめてよ。せめて普通のブリーフにして」
「うん……」
聖はシブシブうなずく。
そこで店員が覗きこんできた。
「いかがかしら……うわぁ! 激エロ! これで勃たなきゃ男じゃないわ」
聖は恥ずかしくて仕方ない。
「ねェ、女史。こんな寒いカッコしないとダメ?」
「だから大丈夫だって。ニーハイ履くから」
「ニーハイ履くの?」
「そう。ミニスカとニーハイの組み合わせは最強よ」
「最強なの?」
「そうよ。ねぇ?」
沙奈恵が店員に同意を求める。
「その通り。どんな男もイチコロ」
店員は、常識とでも言うような顔で答えた。
その後、何パターンか試着したが、結局最初に試着したものを購入した。
「はい、最強の装備よ」
店員は満面の笑みでそう言って、紙バックを聖に渡す。
「はあ……」
浮かない表情の聖に、店員はウインクをして言った。
「いーい。セクシーな服を着たら、背中を丸めたら絶対にダメ。胸を張ってさえいれば、それだけでカッコイイんだから」
「胸を張る……うん、ありがとう。何だか着こなせそうな気がしてきました」
「頑張ってネ。まあ、アナタみたいな規格外の美少女、何を着たって似合うんだけど」
電車を降りると、すっかり日が暮れていた。
「ゴメン、こんなに時間がかかるなんて思わなかったから」
「いいのよ。自分のでなくても、ショッピングは楽しいわ。また行きましょうね」
嘘でもお愛想でも何でもない。久しぶりにプライベートで誰かと長時間過ごし、沙奈恵は本当に楽しいと感じていた。
「だって、コーヒーまでご馳走になって、今日はボクが奢るって言ったのに」
「予算オーバーの服を勧めたのは私だわ。気にしないで」
ここからは沙奈恵がバス、聖は歩きだ。
沙奈恵がバスに乗るのを見送って、聖はバス停を離れる。
その後姿をバスの中から見ながら、聖のデートが我がことのように楽しみな沙奈恵だった。
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