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第18話 初デート

 首の皮一枚でT高に合格した聖にとって、授業は付いて行くのがやっとで、試験はさらに高い障壁だった。  だが、秀平と一緒に卒業し、できれば大学も一緒に行きたいと願う聖にとっては、一年生の今からつまずく訳にはいかない。  付き合っていなかった頃よりも、遥かに集中して勉強した聖だった。  そして試験は終了し、後は野となれ山となれ、といった状況になる。  待ちに待った水族館デートだ。  もちろん、秀平と遊びに出かけた事など何度もある。だが、暇つぶしにゲーセン行って、帰りに牛丼を食べるのとは、今回は訳が違うのだ。  聖は、期待と不安で一睡もできずに朝を迎えた。  早朝、聖は自分以外誰も乗っていないバスで八木女史の家に向かう。  女史は母子家庭だと聞いていたので、そんな金持ちだとは思っていなかったが、行って驚いた。  邸宅を囲む塀は三メートルもある。  呼び鈴を鳴らすと、大きな門が自動で開いた。  幾つもの防犯カメラを気にしながら玄関に入ると、まだパジャマ姿の女史が出迎えてくれた。  朝が弱いのに、早起きして出迎えてくれた女史に感謝する。  話を聞いて納得するのだが、女史の両親は医者だった。特に父親は、代々続く大手医療法人の三代目らしい。  そして、よくある話だが、父親が若い看護師と出来てしまい、この家を慰謝料に出て行ったという。 「それからは、自分で美容医療のクリニックを始めて、それなりに成功しているのよ。この人、見たことない?」  そう言って差し出されたのは、一冊の女性雑誌だった。美容特集のページに、白衣の女性の写真が何枚も載っている。 「知ってる。この間もテレビでシミがどうのこうので、母さんが熱心に観てた。あの女医さんが女史のお母さんだったんだ」 「恥ずかしながらね」 「何か恥ずかしいのさ? 有名なお医者さんで、凄いじゃない」 「前にも言ったけど、男を見る目がまるで無いのよ。私は経験で学んだけど、あの人は学ばないわねぇ。今日も若くてチャラい男と二泊三日で温泉よ。帰ってくるは明日」 「ああ……そうなんだ」 「今さら弟か妹をこさえないか心配よ。だから、水族館デートの後は、いくらでもユックリしていっていいわよ。何なら泊まってもいいし」 「いやいや、それはマズイでしょ。オレも一応男だし」 「フフフ、そんな聖くんの反応が萌えるのよ。素直に、秀平くんに心配かけたくない、って言えばいいのに」  聖は真っ赤になり、何も言えなくなる。 「さあ、メイクを始めましょう。私がやること覚えてね。一人でできるようになった方がいいから」  そして、二度目の女装。  秀平がいつも目で追っていたミニスカ女子、苦々しく思っていたその存在に自分がなる。  その出来栄えに、聖は興奮を隠せない。 「ありがとう、女史! いってきます!」 「いってらっしゃい。観覧車には絶対乗るのよ。てっぺんでキスしたら別れないらしいから」  小走りで駆けていく聖の後ろ姿を、沙奈恵は期待を胸に見送った。 ——あの二人なら、水族館だろうがどこだろうが、どエロいことをやってくれるに違いないわ。 ☆  待ち合わせは、水族館の最寄り駅だった。 ——家の近くの駅で待ち合わせたら、電車の中でも一緒にいれたのに……。  そんな事を考えながら、秀平は改札を出た。  待ち合わせの時間より随分早かったが、一応周囲を見回す。  超ミニがとても似合う、エロカワイイ美少女が立っているのが眼に飛び込んできた。  脚が細くてカッコイイ。  イヤでも周囲の男どもの視線を集めている。  秀平の前にいた大学生くらいのカップルの女のコが、突然男の腹にパンチを入れた。 「ゴフッ! 何すんのさ?」  男の言葉に、女のコは笑顔で答える。 「私以外の女のコに見惚れてるからよ」  謝る男を見て、秀平も心の中で聖に謝った。が、ほぼ同時にその美少女が聖本人である事に気付く。 「……聖くん?」  秀平に気付いた聖が、満面の笑みで駆け寄って来る。 「おはよ! 良かった、早く来てくれて」 「おはよ……聖くん。そのカッコ……」 「うん、この服のせいかな。知らない国に行ったみたいに心細かった……」  聖は、ニーハイをはいた足を交差させてポーズをとる。 「……ヘンかな?」  秀平はブンブンと勢いよく頭を振った。 「ううん、そんな事ない。とっても、とっても似合ってる」 「エヘヘ……」  聖は照れ臭そうに笑う。 「……初めてのデートは、絶対手を繋ぎたかったから」  そう言って、聖は秀平の手を握った。 「さ、行こ」  聖は、秀平の手を引くように歩き出した。

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