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第21話 元カレ
別れるのが辛かった。
悲しくて仕方なかったので、人通りの多い駅前で、人目もはばからずに抱き合った。
「電話してね、秀平」
「うん、寝る前にする。聖くんの声を聞いて眠りたいから」
デート後の別れがこんなに辛いなら、メイク落としをしっかり学んで、次からは家まで一緒に帰るようにしようと聖は思う。
——秀平と付き合っていることも家族に打ち明けよう。母さんなら理解してくれるはず。問題は父さんかな……。
そんなことを考えながら八木女史の家に向かった。
その八木女史だが、もう待ちきれないといった顔で聖を出迎えた。
「おかえり、聖くん! 初デート、どうだった?」
「うん、もう最高に楽しかった!」
「まあ、ステキ! さあ、上がって。メイクを落としながら聞かせてもらうわ」
「これ、お土産」
「まあ、ありがとう……カワイイ! クラゲのストラップね」
「オレとお揃いなんだよ。ほら」
「聖くん……アナタって、何て可愛い生き物なのかしら」
「へへへ」
二人は自然にハグした。
メイクを落とし終えても、男の格好に戻っても、二人は夢中で話し続ける。
「それでそれで?」
「もう無理、これ以上は言えないよぉ」
「ひどーい、ここまで話しといて、おあずけは勘弁よ」
「だって恥ずかしいし」
「観覧車に乗ったんでしょ。そこでキスした。違う」
「うー、違わない」
「テッペンで?」
「乗ってすぐ」
「サカリ過ぎ」
「エヘヘ」
「テッペンでは何したの?」
「その……見せ合いっこ」
「は……」
「確かめたかったんだ。オレのを見ても、秀平が萎えないか」
「そ、それで?」
聖は息を止め、しばし黙り込む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……ギンギンだった」
「何よお、変な間、作らないで。それから? それで終わりではないでしょ?」
「まだ言うの?」
「いいかげんに観念をし。逃げられる訳ないから」
「秀平があんまり苦しそうだったから、口でしてあげるって言ったんだ。そしたら……オレがシコるのを見たいって」
「ウソ……アナタ達って、エロの天才ね。だけど、秀平くんだって、見ているだけじゃ済まないでしょ?」
「うん。だから、オレがシコるの見て、秀平もシコったの」
「相互オナニー鑑賞? 初デートの、しかも観覧車の中で? アナタ達、どれだけどエロなの」
「エヘヘ」
「ああ、もう、ビショビショよ。今晩のおかずに使わせてもらうけど、文句言わせないから」
女史の家を出た時、すっかり日が暮れていた。
自動で開閉する門を出た時、聖は突然声をかけられる。
「キミさ、沙奈恵のなに?」
驚いて振り返ると、そこにいたのはK―POPの男性アイドル並みのイケメンだった。
「え? アンタこそ誰?」
聖も聞き返したが、実はその男が噂のド変態な元カレだとピンときていた。
ご丁寧にギターまで抱えている。イメージでは何となくエレキギターだったが、実際はアコースティックギターを持っていた。
「俺は、あのコが通っていた塾の講師さ」
——教えたのは勉強じゃなくて乱交プレイだけどな。
聖は思うが口にはしない。
「オレは……一応カレシですけど」
もう少し嘘が上手かったらと思う。
ド変態野郎が疑いの眼差しで見ているのがわかったが、聖は目をそらしてしまった。
「ふーん、相変わらずメンクイなんだ。まあいいや。実は彼女とは一年ぶりでね、突然だと驚かせると思うから、キミが取り次いでくれないかな」
——普通、今カレだって言ってる男に、元カレが取り次ぎ頼むか?
聖は、毅然とド変態野郎を追い返すことを決意する。
「オレ、知ってますよ。アンタが八木にやったこと。そのせいで八木はアンタが嫌いになった。アンタの変態的な性癖をとやかく言うつもりはないが、そんなプレイに付き合ってくれる別の女を探せばいい……」
ド変態野郎は、本当に驚いた顔をしていた。まさか、乱交プレイのことを誰かに話すとは思っていなかったのだろう。
「……だけど、八木が違う。二度と彼女に近付くな!」
そう言い捨てて歩きだす。
少し離れて振り返ると、もうド変態野郎の姿はなかった。
☆
その夜、秀平から電話がかかってきたが、ド変態野郎のことがあった後だけに、期待していたような甘い会話ばかりとはならなかった。
「……このこと、八木女史には伝えた方がいいかな?」
「そうだね。最近はストーカーによる殺人事件も多いし、警戒してもらうためにも伝えたほうがいいと思うよ。念のため、警察にも相談すべきだと思う」
「わかった。明日、女史に伝えるよ」
「聖くんてさ……」
秀平の言葉が途切れる。
「んっ? なに?」
「カワイイだけじゃなくて、カッコイイよね」
「エヘッ、そうかなあ」
「そんな聖くんが大好きだよ」
「うん。オレも秀平が大好き。秀平に何かあっても、オレが絶対守ってあげるからね」
「うん、頼りにしてるよ」
「ねぇ……」
「ん?」
「早く会いたい」
「また、学校で会える」
「学校じゃつまんないよ。手も繋げない」
「今度はさ、映画に行こうよ。電車に乗ってどこか遠くにも行きたい。お正月には、一緒に初日の出を見よう」
「うん……ずっとずっと、秀平といたい」
「ああ、ずっと一緒だよ」
「幸せ過ぎて……」
そう言いかけて、聖は言葉を飲み込んだ。「怖い」と口にすれば、本当に恐ろしい事が起こる気がしたからだ。
だが、最後まで言わなかったのに、この嫌な予感は当たってしまう……。
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