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第22話 スーパーカーの男

 次の日は日曜日。  朝一番で、聖は八木女史に電話をした。 「……」  相変わらず朝は機嫌が悪い。 「もしもし、八木女史? オレだけど、実は昨日、大変な事があって」 「なに? 昨日は遅くまで、あなた達カップルをおかずにオナってたから眠いのだけど」 「オナるのは勝手だけど、それを一々本人に申告しないでくれる? なんか、秀平でオナって罪悪感持ってた自分がバカらしいよ。それより昨日、女史の家を出た時に声をかけられたんだよ。K-POPの男性アイドル級のイケメンに」 「えっ?」 「ギター抱えて、女史の行ってた塾の講師だって言ってた」 「ああ……」 「アイツだよね。ド変態野郎」 「間違いないわね。で、何て?」 「女史に取り次げって言うからさ、オレが今カレだから女史には近付くな、って言ってやったよ」 「ありがとう、恩に着るわ」 「でさ、秀平とも話したんだけど、ストーカーによる事件も多いし、一度警察に相談してみたらどうかなって」 「それは大丈夫よ。そこまでやるほどバカではないわ。それに警察って、基本事件が起きてしまわないと動けないのよ。そういった意味では、民間の警備会社の方がずっと頼りになるの」 「へえ、そうなんだ。知らなかった」 「ウチの防犯カメラの数、見たでしょ。でも念のため、お母さんが温泉から帰ってきたら、警備強化の相談をするわ」 「それがいいよ。やっぱお金持ちは、それなりの自衛策を取ってるんだね。余計なお世話だったかな」 「そんな事はない! 聖くんにはとても感謝しているわ。私なんかのこと心配してくれて、とても嬉しい」  聖は照れ臭くなる。 「まあ、気にしないでよ。だってオレ達、親友だろ」  女史は嬉しくて涙がこぼれたので、電話で顔が見えなくて良かったと思った。 ☆  八木女史の予想通り、元カレによるストーカー行為はそれ以上無く、平穏な日々が続いた。 「アイツ、ああ見えて将来が約束されたエリートだから、色恋でそれを台無しにはしないと思うわ。それよりも聖くんこそ気を付けてね。プライドが傷つけられて、嫌がらせをしてくるかもしれないから」  聖は一笑に付した。 「エリートが身の安全を確保しつつやる嫌がらせなんか怖くないよ。チンピラが後先考えずに突っ込んで来るのは怖いけどね」  その時、聖は気付いていなかった。  我が身より大切な存在が自分にはある事を……。  大会が近いとかで、秀平と帰れない日が続いていた。  寂しくはあったが、聖は平気だった。  大会当日は応援に行く約束をしていたし、その後の休日には映画に行く約束もしていたからだ。  その日も、応援には男の格好で行くか、女装して行くかを考えながら帰宅していると、信号待ちをしている聖の前に、異様に車体の低い真っ赤なスポーツカーが止まった。  窓が開くと、左ハンドルの運転席にいたのは、あのド変態野郎だった。 「やあ、先日はどうも」  馴れ馴れしく話しかけてくるが、聖は無視する。  スポーツカーは横断歩道の真上で止まっているので、すぐに渋滞が始まった。しかし、車が車なだけに誰もクラクションを鳴らさない。  聖は、ド変態野郎の常識の無さにイライラし、コイツと同類に見られたくないと引き返そうとする。  すると、ド変態野郎が叫んだ。 「水島秀平!」  驚きで足が止まり、思わず振り返る。 「彼のことで話をしたい。乗ってくれないか? 後ろの車に迷惑だ」  聖が戸惑っていると、男はもう一度言った。 「さあ早く! 聞いた方がキミ達のためだぞ」  聖は車道に出て車の反対側に廻り、助手席のドアを開けようとするが、開け方がわからない。  男が車の中で上を指差すので、凹みに指を入れて上に引っ張ると、ドアは本当に真上に開いた。  そのまま、低いシートに寝そべる様に座る。 「素直で助かるよ」  ド変態男は、さわやかな笑顔で聖に言うと車を走らせた。  キーンという始めて聞く官能的なエンジン音が背中で響いていた。

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