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第9話
庭園に出ると、夜風がエドガーの熱を冷ますように吹き抜けた。月明かりが庭園の木々を照らし、噴水の水音が静かに響いていた。彼は噴水の脇に腰掛け、星空を見上げながら自問自答を続けていた。自分の選択が正しかったのか、迷いの中で答えを探していた。
エドガーの脳裏に浮かんだのは、幼いルシアンの姿だった。薔薇を摘んできてくれたときのことを思い出す。手を傷だらけにしながらも、無邪気な笑顔で差し出してくれた薔薇。その瞬間、エドガーは初めて自分の心がざわめくのを感じた。
この手で手折られたい…!
あのとき、彼の中で何かが変わった。
ルシアンへの想いを否定しようと、他の男たちと戯れてみても、その感情は増すばかりだった。彼の心の中で膨らむ欲望は抑えきれなくなっていた。
その時、庭園の入り口からルシアンが姿を現した。彼は整えたはずの前髪が乱れ、息を切らせていた。
「エドガー様」とルシアンが呼びかけた。
エドガーは驚きながらも冷静に返答した。
「主役がこんなところにいてはだめだよ。戻りなさい」
「エドガー様の姿が見えなかったので」
「酔い覚ましに夜風にあたろうと思ったんだ」
「お酒を飲まれたのですか?」
「おめでたい席だからね」とエドガーは視線を落としながら答えた。
「ルシアンもパーティーを喜んでくれたから、わかっているものだと思ったんだ。言葉が足りなくて申し訳ない」
「俺は、エドガー様が自慢してくれると思ったから」
「もちろん、自慢だ。自慢のーー」
息子と続けようとしたが、言葉を飲み込んだ。
「男よ」
「アタシの自慢の男」と言い直し、ルシアンを見つめた。
エドガーは自分の欲望を隠すことなくルシアンにぶつけることを決意した。彼はルシアンの頬に手を伸ばし、「この顔も、身体も、理想だわ」と囁いた。
「アタシが毎晩どんな夢を見てるか知りたい?」ルシアンの首に手を回し、耳元で熱く囁く。
「貴方に抱かれる夢よ」
ルシアンの体が震えるのを感じたエドガーは、一歩後退り、背を向けた。
「怖いのよ。現実になるのが怖いの。貴方を傷つけるのが怖いの。嫌われるのが怖いの」
エドガーは涙をこぼしながら続けた。
「もう、貴方を手元に置いておけないの。わかったでしょ」
ルシアンはエドガーを抱きしめ、「俺が、エドガー様に触れてもいいんですか?」と囁いた。
「離しーー」
「約束したではないですか!大きくなったら結婚してくれると。それなのに他の人と結婚しろだなんて、酷いです」
「それは子供の頃の話でしょ」
「俺も子供の独占欲だと思っていました。あの時まではーー」
「エドガー様が男たちと戯れているのを見るまでは」
「覚えていたの?」
「忘れられません」
ルシアンが10歳のとき、エドガーが寝室で男たちと戯れているのを目撃してしまった。そのショックで城を飛び出し、大雨の中見つかったルシアンは泣きじゃくり、「エドガー様は僕の僕の!」と泣き叫びつづけていた。
エドガーはルシアンを抱きしめ、「アタシが悪いのよ。ごめんね、ごめんね」と宥めた。
「忘れなさい。今日のことは全部忘れなさい」
エドガーはその日以来、口調も変えた。あれ以来何も言ってこないから、忘れているものだと思っていた。
「トラウマになってしまったのね。ごめんなさい」
「違います。エドガー様への気持ちを自覚したんです。だからプロポーズしたんです」
エドガーは驚いた。子供の戯言だと思っていたから。
「エドガー様は、『嬉しいわ。早く大人になってね』と言ってくれたから、俺は」
ルシアンはエドガーを見つめた。
「俺は、エドガー様が好きです!他に何もいりません!エドガー様がいてくれればそれで幸せです!」
エドガーは涙を拭いながら、「ルシアン…」と囁き、彼を抱きしめた。二人の唇が重なり、静かな庭園にその瞬間が永遠に刻まれた。
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