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※モーテル・ウィズ・ゴードン その1

 「よく平気ですね」と問いかけた言葉に、知らずと非難の色が混じっていたのだろう。ハリーは笑って「そんなこと言ってたら、一生モーテルに泊まれなくなるぞ」と、スラックスに皺がつかないよう丁寧に角を立ててハンガーにかける。 「ほら、ここのクローゼットはゴキブリがいない。それだけで十分じゃないか」  夕暮れ前の情事にしけ込んだそのドライブ・インは、勿論あの滑稽な惨事の舞台となった場所ではない。だがそもそもモーテルなんて、大体どこでも似たような雰囲気を持っているものなのだ。糊をつけ過ぎて硬そうな白いシーツとか、ところどころ禿げている幾何学模様の絨毯とか。  そんな中、ハリーの存在感と言えば、ごうごうと空調から噴き出される温風を容易く掻き分け、こちらへ迫り来るのだ。窓際に立つ一糸纏わぬ肢体を、カーテンの隙間から差し込む夕日が恭しく舐める。あえかな温もりですら、その敏感な身体で感じ入ったのだろうか。ベッドに寝そべるゴードンを振り返ったハリーの目は、心地よさげに細められていた。 「嫌なことなんて、全部僕が忘れさせてやるよ」  そう嘯くハリー自身、何か嫌なことがあったのかもしれない。自らは、少し疲れただけ。しかも、心地よい、と言うべき類の。  今日まで三日間の休みを取り、娘達をフロリダへ連れて行った。ディズニーワールドは、この街に出来た小さな遊園地より、遥かに彼女らのお気に召したようだ。散々はしゃいで、たっぷりおねだりして、空港でタクシーに乗りながらニコニコと手を振り「またテキスト送るね」と、まるで普通の態度。両親が離婚していることも、父が宗教的禁忌を犯していることも、全てが最初から無かったかのようだった。  ティーンの女の子がまだ父親と遊びに出かけることを喜ぶなんて、と生意気なヴェラスコは感嘆していたが、驚いているのはこちらの方だ。娘達は、特にあれだけ父の告白にショックを受けていた長女のオリヴィアは、何食わぬ顔で笑顔を向けてくる。 「だって、そうなっちゃったものは仕方ないでしょ。変にフラフラされるより、相手が分かってる方が、私達も心配しなくて済むからいい」  あの強さは一体誰に似たのだろう。自らでないことは確かだが。  まるで心の中の自嘲を読み取ったように、ベッドへ四つん這いで乗り上がって来たハリーは、ゴードンの手を取る。つい数時間前に娘の頭を撫でた手のひらへ頬を擦り寄せ、小さく喉を鳴らす仕草は、子猫よりもタチが悪い。 「君がポロシャツにジーンズなんか着て、休日のパパさんを体現しているのを見たら、萎えると思ってたのに。全然ぐっと来た」 「前から思ってたんですけど、あんた、少しファザコンの気がありますね」 「そうか? そんなこと、これまで一度も言われたことなんてない」  そう口では強がりながら、髭を撫でる指先を唇にまで滑り落とすのは、黙れという命令だった。もう任期一期分の付き合いになるが、ハリーが家族、特に両親のことを口にすることは滅多にない。離婚せず、存命であることは間違いなかった。折角この街で生まれ育った身なのだから、選挙でも応援団として呼びつけたら良いのにと提案したが、「今は市内に住んでいないんだよ」と躱されたきりになっている。  強請られた通りにがぶりと噛んでやると、それだけでハリーは軽く背中をしならせた。 「は、ぅ……ゴーディ……」 「全部忘れさせてくれるんでしたっけ」 「う、くそっ……」  今時娘達ですら、こんなあからさまに不貞腐れた表情を浮かべない。それとも、ボーイフレンド達の前では?  深く考えると、冗談抜きで萎えそうだ。これは確かに、一旦何もかも頭の隅へ押しやってしまう必要がある。  元運動選手のハリーや、ジャーヘッドの秘書程ではないが、ゴードンも己が身体を動かすことで、脳を前向きに活性化させられる性質だと自認していた。  のし掛かる体を、腰に回した腕で捉えて引っくり返す。見上げる格好になった情人に、ハリーは顔を火照らせ、小さく舌なめずりしてみせた。くっきり割れた腹を熱い指先で撫で回し、早くここをみっちり満たしてくれと挑発する。  だからわざと無視し、早速兆しているペニスを手に取った。もう7分勃ちと言う有様のそれは、鈴口からだらだらと涎を垂らし、粘り気のある雫が幹を舐め伝って行くたび、びくんと震える。 「んっ……ゴーディ……?」 「家族サービスついでです。今日はあんたにもたっぷり奉仕してあげますよ」  まさか子供達に向けたものと同じではないが、それなりに慈悲深い笑みを浮かべてやったつもりだ。それなのにハリーは、今更恐怖でも感じたように、目を見開き、口元を引き攣らせた。  これで3回目。あんたの体力なら余裕でしょう、とのからかいに答える余裕は、もはやハリーになかった。 「あ゛っ、ん、んんーー、あぁ、あ……!」  立て続けの射精にも休むことは許さない。がくがくと跳ねる逞しい腰を見下ろしながら、ゴードンは辛うじて汚れていない手首で額の汗を拭った。頬へ流れるのは精液だろうか。別に構わない。 「ほら、気持ちいいでしょう。あんたの大好きなことだ」  臍の窪みに溜まった白濁に指を浸し、子供が窓の雨粒を繋げて遊ぶように、腹の上に広がる飛沫へ混ぜ合わせる。指一本が肌の上を滑るだけで、筋肉と、その下の内臓までが烈しい痙攣を起こした。 「んぅ、は、あ、ゴ、ゴ、ディ、もぅ、や」 「ああ、可愛いですね、ハリー」  良い子だ。そう上擦った息で囁き、汗と涙と涎で見るも無惨な有様の顔を覗き込む。震える吐息が唇を叩いた。 「は、ふ、ぅえ……」  突き出された舌の震えは男を誘う淫売の媚態なのに、いざ口付けてこちらから絡めると、すっかり力が抜けてしまう。ぐちゅりと泡立つ程の強引さで、口腔内に溜まった唾液を啜る。飲みきれなかった分が混ざり合って流れ、ハリーの口元をべたべたに汚しているのを見て、思わずゴードンは笑い声を放った。 「忘れさせると言った癖に。あんたのせいで思い出しましたよ、下の子のシャーリーは人工乳だったせいか、吐き癖がありましてね。すぐにミルクを戻してた。自分の顔どころか、出勤前の俺の服も汚して」 「ぁ、もぅ、そんなこと……」  虚ろで、だからこそ美しいエメラルドの瞳から再び理性を根こそぎにするのは簡単だ。今度は放出を許さないと言わんばかりに、ペニスの根本を掴んだら、先端ばかりをぐりぐりと手のひらで押し撫でる。いっそ感心する勢いで、どぷどぷと再び精液が溢れ出し、指の股の間で糸を引いた。 「ひ……!あ、ぐっ、ぁ、や、やっ、それ、ほんと、キツい、っ!」  泣き叫びながら、背骨が折れるのではと思うほど強く反り返らせた身は、湿ったシーツの上から遂に起き上がる。普段のハリーならもう少し余裕を保ち、つんと突き出す充血した乳首を自ら弄るなり、相手のペニスにちょっかいをかけるなり、色々試みているはずだ。  けれど、闇雲に振り回されていた手が捉えたのは、亀頭をいじめていたゴードンの左手。爪を立ててまで力尽くに引き剥がすと、そのまま更なる奥へと導く。  ただでも震えている立てた膝から足に掛けて必死に力を込め、尻を突き出そうとする努力は、くしゃくしゃに丸まったシーツを下敷きにすることで多少果たされる。不自由な格好にも、ハリーがもはや、なりふり構うことは無かった。ゴードンが来るまでに含ませていたローションと、自らが吐き出した体液で粘つくアナルは柔らかく解れ、先ほどからぱくぱくと呼吸するような動きを繰り返していた。  赤く熟れた粘膜が垣間見えるそこに、引き寄せた男の手を当てがうと、まずハリーは軽く縁を擦るような動きで味見をする。指先で感じる瑞々しい感触が歪んでは滑り、時に赤ん坊が乳を吸うように、ちゅう、と吸い付いた。 「はっ、あ、ゴーディ、ゴーディ」  水音が激しくなり、摩擦と刺激で窄まりがぷっくり膨れる程になってくれば、両手で手首を掴んで中へと押し込んでいく。複雑な動きを作る隘路を中指が掻き分けるときは、ゴードン自身も指を曲げて文字通り手助けしてやった──喉まで真っ赤に染め、切羽詰まった途切れ途切れの息遣いで喘ぐハリーの姿を見て、正気を保っていられる人間がいるとしたら、間違いない。そいつは精神に重大な問題を抱えている。  ぬとぬとと粘り気を帯びる繊細な直腸の襞を探り、目当ての場所を探してやろうとする。が、ハリーは掴んだ手を滅茶苦茶に抜き差しし、見当違いで手前勝手な自涜に耽り続けた。 「分かりましたよ、ハリー、降参します。だから少し落ち着いて……」 「ああ、もう」  殆ど悲鳴じみた叫びと共にかぶりを振るハリーは、こちらの声など全く聴こえていない。 「デイヴ、はやく、欲しい……!」

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