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※モーテル・ウィズ・ゴードン その2
ハリー・ハーロウは賢い男なので、自らが発した言葉の意味にすぐ気付く。発情に熟んだ体が瞬く間に冷え、さあっと顔色まで変わっていくのを、ゴードンは興味深く眺めていた。
そう、彼自身は怒りよりも、度肝を抜かれたように感じたと言うのが近い。もしかしたら、と想像していた事を読み取ったのか、ハリーは額に滲んだ汗が飛び散るほど、ぶんぶんと首を振った。
「ちが……デイヴ・マレイとは、何にも無かった」
「ならそんな慌てなくても良いでしょう」
「だ、だって……」
ふにゃふにゃに脱力した身を必死に起こして、枕元まで後ずさる。あまり勢いよく逃げたものだから、ぶつかられた安っぽい金属製のベッドヘッドが、大きな音を立てて撓んだ。
「君は、脳内で想像することが浮気だなんて、馬鹿げたことは言わないだろう?」
「勿論。しかし、本当に狙ってたんですね」
そのまま追い詰めるように身を乗り出せば、普段はあれほど射抜くような鋭さで見つめてくる瞳が、さっと逸らされる。
「っ、彼が来期、副市長になったら、残念賞で寝てやってもいいかな、と」
「彼からコナをかけられてたんですか」
「や、ん、んんっ、でも、あんな目で見られたら……」
ゴードンが調べた限り、マレイが誰かと同性愛関係を持っていたという証拠は皆無だった。だがそんなことを言えば、今いるハリーの側近だって、市長付の役職を拝するまでは、男と寝たことの無い者が殆どだった訳だし。何よりも、あの助平議員は、ヴェラスコに手を出そうとした前科がある。恐らくは、性的嗜好と言うより、己の社会的立場へ物を言わせて、相手を屈服させることに満足を覚えたのだろう。
と言うことは、その寝首をいつでも掻ける地位へ着いた暁に、ハリーから誘いをかけられたら──呆気なく乗っていたに違いない。
そう断言できるのは、己があの程度の男、これまで山と相手にして来たからだ。
「全く、あんたは呆れるほど自信家で、それでいて節制なしの男ですね」
汗ばんだ胸乳を撫でてやれば、まだ燻り続けているハリーの上半身は大きく跳ねる。怯え、媚び、それでいながら傲慢な甘えを隠さない上目に、ゴードンは負けず劣らず不遜な下目を返してやった。
「少しは痛い目を見た方が、今後の為にも良いんじゃないかとつくづく思いますよ」
「い、痛い目……」
「分かってます。あんたは激しいのがお好みですね」
立ち上がって、クローゼットへ向かうゴードンの背中に、ハリーがどきどきと鼓動を高鳴らせていることは一目瞭然だった。俺もつくづくイカれてる。忌々しさを渾身の力で胸の奥へ押し込み、出来るだけ涼しい表情を浮かべながら、紙袋を引っ張り出す。
ディーン副市長の孫が大のディズニーファンだと言うことで、賄賂とまでは言わないが。ミッキーマウスと夢の城が印刷されたそれには、ご機嫌取りに買ってきてやった土産の他に、色々と荷物を放り込んである。その中から取り出されたハンドカフを目にした時、ハリーはいっそこちらが腹立ちの余り欲情するほど、露骨に大笑いして身を捩らせた。
「嘘だろ! 娘さん達とディズニー・ワールドへいた時も、持ち歩いてたんじゃないだろうな」
「車のグローブボックスに隠してありましたよ。それにこれは、実を言うと、妻にも使ったことがあるんです」
そうしれっと告白すれば、一層ひいひいと笑い転げて、ベッドへ突っ伏してしまう。
アダルトグッズのサイトで通販したのは随分昔の話だ。毒々しい赤色に染め付けられた革製のそれは太く頑丈で、性的な玩具と言うより、病院の拘束具を想起させる。
「君の奥さん、本当に可哀想だ」
「俺が昔の嫁にしたことと、同じ真似をあんたにしても、気にしないんですか」
「全然」
投げ出された右腕を引かれて手首をベルトを締め上げたら、鎖を頭上の柵へ通して左腕も同じように。身動きが取れなくなっても、まだハリーは笑い涙を眦に滲ませいてた。
「君は、僕にするような酷い事を、決して奥さんに出来なかっただろう」
この男にも、酷い事をされていると言う自覚があったのかと思えばおかしい。仰向けの格好になったハリーにの胸元に跨りながら、ゴードンは緩く勃起したペニスを端正な顔に突きつけた。
「賭けても良いですけど、マレイがもし生きていてあんたと寝ることになったら、あんたはよれよれになるまで奉仕させられてたでしょうよ」
後頭部を支えられて近づけられると、まずは挨拶のつもりだろうか。先端にそっと唇を押し付ける。言葉を放つ事で、ちらりと舌先が敏感な鈴口で跳ねるのも愛撫になると、ハリーは勿論心得ていた。
「そうかな。彼はテクニシャンっぽいけど」
「技巧が優れてる事と、相手を尊重するかどうかは違いますからね」
まるでポルノ女優紛いの真似を強いている自らが言うのも何だが──いや、ハリーは幾らか乱暴に扱われると喜ぶ。少なくとも、己と寝る時は。
首を曲げる姿勢だと息がきつそうだし、何より深く押し込めない。微かに腰を浮かせ、より垂直に近い角度を付けてやれば、ハリーは迎え舌で鼻先のものを口へ招き入れる。
ハリーは喜んで男のものに舌を這わせ、わざと口蓋を窄めてはたっぷり湧いた唾液と先走りを撹拌して味わう。俺は妻のプッシーをこれだけ口で愛撫してやっていたか、と少し考えて、確かにしてやっていたな、と納得する。普段は大人しげで、ほんのちょっと下品なジョークでも眉を顰めていた彼女が、ベッドの中で悶えるのを見て満足感に浸っていた。だから最後まで、彼女が「不浄な事」を拒絶しても許したのだ。
「気持ちいいですよ、ハリー。貴方の口の中は最高だ」
そう賞賛し、汗ばんだ手のひらで後ろ髪を漉いてやれば、ハリーは意気揚々と紅潮した顔の中、目を細める。
嘘ではなく、彼の口の中は極上の一言に尽きた。太い喉は心配になる程素直に開かれ、下生えがぶつかるまで突き込まれれば歓喜し、次々と濁った先走りを嚥下していく。
「ん、んぅ……」
男の性の味と汗の匂いに感じ入ったとばかりに、更に鼻先を下腹へ擦り付けようとするものだから、ゴードンも腰を振り立てる動きを激しくしてしまう。柔らかい肉と硬い骨で構成される狭い穴が痙攣するのに比例し、手錠が頭上でガチャガチャ音を立てる。尻の下で敷き込んだ肉体が弾むので、背後を振り返れば、ハリーは精一杯爪先立ち、どろどろと白濁に塗れたペニスを震わせている。まるで何もない場所を犯そうとしているかのような、男としての本能が、究極の不様さへ反転する。
性交に上品さを求めるのも馬鹿らしい話か。繁殖という本来の目的ではない、それどころか生命を奪いかねない営み。
汗だくになって喉を蹂躙し、ゴードンはこのまま射精すべきか、それともアナルへ挿入するまで耐えるべきか考えた。バイアグラまで準備万端に備えていたマレイならば、きっとまず一発目は口の中、二発目は腹の中、その最中に、精を撒き散らしながら心筋梗塞を起こすか?
「っ、〜〜」
びくん、びくんとハリーの体が一際大きく反り返り、引っ張られたベッドヘッドが今にもフレームから外れそうな音を立てる。背中へ飛んできた飛沫に、まさかと思って首を捻れば、予想外の展開。腹と言わず胸と言わず精液を撒き散らしたペニスは、それでもまだ半勃ちの状態で健気に震えている。だらしなく開かれた状態でがくがく痙攣する膝が、彼の得た快感を教えてくれた。
思わず気の抜けた笑いと共に、腰を持ち上げれば、ハリーは真っ赤になった顔で、必死に呼吸を継ぐ。
「そんなにしゃぶるのが嬉しかったんですか。まるで躾のなってない犬だな」
「うる、さい」
筋が浮き出るまできつく勃起したゴードンの幹を、往生際も悪くはむはむとしゃぶりながら見せつける睨みは、今にも溢れそうになった潤みのせいで全く怖くない。
「あの、ろくでなしの真似なんか止して」
「おっと、今日初めて意見が合いましたね」
わざとらしく見せつけながら、目と鼻の先で避妊具を付けてやれば、ハリーは甚振られた喉へ何度も生唾を送り込んだ。
「どうです、ハリー。妥協しませんか。欲望に屈するんです」
「ん、っ、馬鹿だな、君は」
覆い被さってきた男の腰に脚を絡ませ、ハリーは嘯いた。
「欲望は、罪じゃない。それに僕、欲しいものは、自分の手で掴み取るつもりだよ」
イーリング市議会の議員は7人。ゴードンの知る限り、その中で最も恥知らずな人物はマレイだと思っていた。
だがハリーは、軍神アテナが永遠にその柔肌を守り続けるように、己の身へは傷一つないまま駆け上がるつもりらしい。
「ふ、ぐ、っ、あ゛っ、あ゛ーっ……」
最高の性悪め。口元が吊り上がるままに任せ、ゴードンは女よりも濡れて柔らかく、熱い泥濘へ、自らのものを沈めていった。
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