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※市長オフィス・ウィズ・モー その2

 挿入はいつもに増して、時間をかけ行った。  例えどのように行為を進めても、ハリーは拒絶しなかっただろう。張りのある筋肉はすっかり脱力し、触れれば底なしに沈んでいきそうな柔らかに成り果てていた。拙く無骨ながらも愛撫を施せば、薄ら縦皺を刻んだ眉間の下、閉じられた瞼がぴくりと痙攣し、鼻は甘く気だるげな音色で鳴らされる。  どれだけ熱心に溺れても、結局のところ、これはどう転んでも生産性のないやり取りなのだという事実へ、二人とも疲れ果てていた。異端の所業。開かせた脚の奥、本来は慎ましやかに窄まっているべき穴が、蕾が綻ぶかの如くじりじりと螺旋状に開き、そして咥え込んだものをきゅうと締め付ける。腰を押し進めれば押し進めるほど、加虐されていると言わんばかりにアナルの縁は体の内側へ潜り、やがて諦め肉色の濃い幹を食む。  粘膜と紙一重の瑞々しいそこを爪先で撫で、引き攣れていないか確認していたら、ハリーは「そんなこと、必要ない」と途切れ途切れにぼやいた。 「ちゃんと飲み込めることは、これまでにも、十分知ってるだろ」 「ええ、でも……」  その続きに、どうやって抗そうとしたのか。上手く思考を組み立てることが出来ない。哀しみと愛しさは、時にここまで似た形へ変形するのだと、モーはその瞬間知った。 「あなたを愛してます」 「うん」 「あなたにも、俺と同じくらい、自分を愛して欲しいんです」 「してるよ、もう十分」  そうじゃない、とこれ以上言い募るなんて、まるで自分が途方もない駄々っ子になったかのようだ。代わりにモーは、お互いの下生えがぶつかるまで、深く深く、愛する男の肉体へ身を沈めた。 「は、っ、んん……」  腰に絡みついたハリーの脚が腰で交差し、侵略者を引き寄せる。腹筋が波打つにつれ、彼の腹の中は警戒警報が鳴り響いている程も狼狽し、自らを犯す異物をぐちゃぐちゃと揉みしだいた。  持っていかれないよう、しばらく身を丸めて快楽に耐えていると、柔く鼻を噛まれる。 「君は、近頃、物事を難しく、考え過ぎてる」  頬、目元、口角、ちゅ、ちゅと可愛らしい音を立てて蹂躙者の顔中に口付けを与えながら、ハリーは汗みずくの顔を笑ませた。 「そんなの、君には、向いてない。君は、ん、僕に、盲信的でなきゃ」  掴んだ腰が擽ったげに捩られることで、ようやく彼が、本心から愉快さを覚えていると察することができる。ここから欲望の渦までは、ほんの数歩足を踏み出すだけでいい。知っているからこそ、モーは体を起こした。  こめかみへ噴き出した熱い汗がぽたぽたと落ちるのは、自らが凝視する場所だ。次の一撃をのうのうと待ち構えていたハリーは、億劫そうに薄目を開き、顎を喉元へくっつける。「モー」 「もしも、ここに」  程よく隆起が浮かび上がる、鍛えられた腹を手のひら全体で撫で摩れば、それだけできゅっと筋肉が収縮する。直腸は埋め込まれた肉を痛いほどの締め付けようとしているのだろうが、先ほどモー自身の与えたローションのぬめりによって獲物を掴み損ね、寧ろぞくぞくするような粘つきと柔軟さを与える。  モーが息をついたのは、腰が抜けそうな快感を味わっているだけではない。鍛えることで神経と肉薄し、敏感になったハリーの肌へ触れ続けることで、浮かび上がるイマジネーションが、余りにも甘美で、背徳的だったからだ。 「ここに、俺が出したとして。あなたが孕んだら、未来はどうなるだろうと」  ぎょっと目を剥き、上半身を起こす隙など、勿論与えてやらない。そのまま更に、限界を超えて腰を突き出せば、ぐぽっと内臓が音を立てる。  予告なく結腸を貫かれ、ハリーは再びソファの座面へと倒れ込んだ。背後を振り返らなくても、腰に触れる汗ばんだ内腿の痙攣だけで、両足が爪先までぴんと伸び切るほど突っ張っているのが分かる。 「ば、か、モー……ぉ、あ゛……」 「分かってます、馬鹿げた話だってことは。でも、あなたはきっと、良い父親になれると思うんです」  刺激を受け、防御反応で腸液を滲み出させる括れの奥を捏ね回し、引き抜いては弁をぐにぐにと充血した亀頭で押し潰す。ゆっくりと、何度も繰り返していれば、ハリーは呼吸すら忘れる。 「い゛っ、あ、あ」 「ハリー、息を……」  ふっと鼻先に息を吹きかけてやれば、肉体の反射反応で、ひゅう、と音が鳴るほど肺に空気が入る。結腸弁に雁首を引っ掛け、外側へと撓ませた状態でしばらく動きを止め、モーはぼろぼろ泣きながら生命活動を行なっているハリーの顔を覗き込んでいた。 「勿論、俺が責任を取ってあなたと結婚します。あなたが市長の職務へ打ち込めるように、ちゃんと育児に励みますから……市長室に揺籠を置きましょう。少し大きくなったら、今日行った幼稚園に通わせるのもいいですね」 「ば、か、ばか、きみ、いったい何言って……」  必死で頭を振り、ハリーは不規則な呼吸で必死に主張する。 「ぼくは、結婚なんていやだ! まして、こどもは、絶対欲しくない……!」 「ここに10ヶ月、赤ん坊が入ります」  頑是ない仕草は勃起を一層強烈なものにした。ハリーも間違いなくそれを感じている。泣きじゃくりながらも、嗚咽は流れるように嬌声へと移り変わっていく。 「いやだ……! いや、ぃや」 「選挙戦より、少し長いくらいですよ」 「やめ、さわ、らないで……」  モーが臍の少し下辺り、埋め込まれた亀頭のある場所を指3本で押し込んでやれば、がくがくと腰が跳ねる。 「きみの手助けなんか、必要ない!」 「そうですね。あなたは自分一人で子供を育てる。責任感が強い人ですし……それに、愛情を求めている」  張り詰める筋肉の硬さに誇らしさすら覚えながら、ごりごりと指の腹で肉を揺すってやる。ハリー・ハーロウは生物学的に優秀な雄なのに、その肉体は精を受け入れるのに特化していた。男心を誘うその媚態だけではなく、体の内側までもが、搾り取ろうと蠢き弄するのだ。 「子供は親に、無条件の愛を投げかけるものです。例え親から、同じものを与えられなくても。でもハリー、あなたはそんな熱烈な愛をぶつけられ続けて、無視できるほど誘惑に強くはない。あなたのご両親とは違うんです」 「ひ、あっ、ああ……も、ほんきで、や、やめろよ、冗談、じゃない……ああああ」  ぐいと足を持ち上げ、柔軟な体の恩恵を最大限利用する。腿が胸元に付くほど体を折り畳まれて、ハリーが喘ぐのは、先ほどからとうとうと垂れ流される、未来への展望だけが理由だった。全く馬鹿げた妄想なのに……モー自身、己は一体何を口にしているのかと、正気を疑っていた。だが唇を開けば開くほど、酔ったようになった頭の中、興奮が強い奔流となって駆け巡るのを、止めたくないと思ってしまう。 「く、うぅ、や、ぁ、んん、モー、それぇ……」  そして彼の身を暴こうとする肉体的な反応もまた、本能に近い動きとなる。この4年でハリーは随分と適応し、モーの人より大きいと言われるペニスを悦んで受け入れられるようになっていた。  力強く、確たる意思を持ち腹の底へ打ち付けられるペニスに、ハリーは息も切れ切れの有様。時々悪寒のように身を震わせ、逃げる動きでずり上がろうとしては腕置きに頭をぶつけている。まるで処女のような怯え方だ。同時に彼が、このごっこ遊びへすっかりのめり込んでいることは、圧搾感を増す腸の動きから、疑いようもなかった。 「大丈夫ですよ。ハリー。あなたは必ず、子供を愛するようになる」  どくどくと吐き出す間、モーがハリーを潰れるほど抱き竦めていたのは、決して逃さないようにする為だった。 「あ、ぁ……」  馬鹿、と弱々しく耳元に囁かれ、再び頭がくらくらする強力な欲情が下腹へ集まる。勿論ハリーも、敏感になった粘膜ですぐさま気付き、宙に浮いた脚をばたつかせる。 「ほんと、これ以上したら、ほんとに……!」  そう叫んだ時、彼が興奮していたのか、困っていたのか、モーにはさっぱり分からなかった。だから考えるのをやめた。そんなこと、ハリーは己に望んでいなかったからだ。 「君は、本当に……」  嗄れ声を醒めたコーヒーで何とかしようとマグカップの中身を啜り、ハリーは忙しく立ち回る秘書を睨みつけていた。ランドリーバッグに皺だらけの服を詰め、ソファの汚れをウェットティッシュで拭き取る。あとはバスタオルを羽織って拗ねているハリーに新しいスーツを着せて──いや、別に拗ねてはいないのか。振り返ったモーに、ハリーはにやりと悪辣な形で口角を吊り上げてみせた。 「妄想が逞しい」  別に全部が全部、妄想じゃなかったんですけどね。内心の嘆息を辛うじて押し殺し、モーはようやく、埃だらけのソファ下に潜り込んでいた靴を拾い上げ、ハリーに差し出した。

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