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 そして今現在、永嶋は激しく後悔していた。  胡南たちとカラオケに行った、翌日である。  あー、なんであんなこと言っちまったんだろう。  つい、勢いで言ってしまった。自分はどうも、胡南相手になると勢いでよけいなことを言いがちになる。  屋上で、ゲイだと打ち明けたことは、別にいい。あのとき、あれ以上胡南から彼女の話を聞くなんてごめんだった。 「でもなー」 「何が、でもな?」  永嶋にしては軽率に、心の内を声に出してしまった。隣に桐谷(きりや)がいたのだった。  食堂の裏手に旧図書棟というのがある。二階建ての小さな建物で、図書館の業務としては、専門棟の建て替えのさいに新しい校舎へと移ってしまったので、今はもう使われていない。永嶋が見つけたときにはすでに、入口上のネームプレートの図書棟という文字も消えかけていた。  その南側の一角は、プールの管理室に遮られていて人目につかないうえに陽当たりと風通しが最高に良かった。考え事をしたいとき、永嶋はよく一人でここに来る。が、先日、桐谷に見つけられてしまったのだ。  ぎりぎり天然だと言いはれるくらいの緩いパーマに襟足を刈り上げたこの男は、他校の生徒とバンドを組んでいてボーカルをやっているらしい。そのイメージどおり、よくしゃべるし人懐こくて女子受けもいい。なのになぜか、やたらと永嶋についてまわる。不思議とこういう人目をひくタイプに、永嶋は懐かれやすかった。理由はよくわからない。永嶋自身はそういうタイプではないと思っているのだったが。 「なー、何がでもななんだよ」 「別に。おまえには関係ない話だよ」 「永嶋さー、ちょっと俺に冷たくない?」 「俺はちゃんとみんなに冷たいぞ」 「それはそうかもだけどさー」  昼休み、旧図書棟の南側には涼しい風が吹いている。壁にもたれて座る永嶋の隣で、並んで座る桐谷は長い脚をばたばたさせた。 「あ、でもおまえ、冷たくしないやつもいるじゃんか」 「はあ? 誰だよ」 「ほら、別のクラスのさ。何つったっけ。こないだ体育館でさ、暗い中をはるばるやってきたやつ」  胡南のことだ。 「あいつにはさー、おまえ優しかったじゃん。カラオケなんかおまえ誘っても絶対行かないのにさ、行くか、なんて言ってさー」  あのときも、桐谷は隣にいたのだった。小声だったが、会話はすっかり聞かれていたらしい。 「そうか? 俺、いつもあんな感じじゃね?」 「全然違うしー。あ、そんなことよりさ、今度ライブがあんだよ。な、来いよ」  話題がそれて、永嶋はほっとする。そんなに、胡南に対しては優しかっただろうか? 無意識だとしたら、なんかやばい気がして、永嶋は気をつけようと心する。 「なー、聞いてる? ライブ、来いって」 「行かない。興味ねえし」 「冷たっ! そういうとこだよ。なー、チケット買ってよ。ノルマあんだよ」 「買わない。金ねえし」 「え、あ、じゃあさ、バイトしない?」  唐突である。桐谷の話題はころころ変わる。それでも、永嶋は桐谷のそういうところがまるで気にならない。 「バイト? なんで」 「俺の行ってるとこがさ、人が足んなくて困ってんだよ。友だちで来れるやついないかって言われてんの」 「おまえバイトしてんの? うちの学校ってバイトオッケーだったっけ?」 「さあ。でもみんなやってるぜ。個人店なんだけどけっこう本格的なイタリアンでさ、時給はそんな良くないけど、まかないつき」 「へえ」  バイトか。いいかもしれない。まかないつきというのも気になるフレーズだ。めずらしく、永嶋は桐谷の話に興味を持った。それで、桐谷はがぜん、調子よく話し始める。

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