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 食堂は混雑していた。  いつものことだから、胡南は別に気にとめない。一人だったらまずこんなところにはいないだろうけれど、みんなでいるから安心していられる。  普段は弁当だったが、たまには食堂行こうぜと黒崎が誘ってきたので、瀬尾と羽柴と四人で来ていた。以前ならここに、必ず永嶋がいた。そう思うと少し、切なくなる。クラス替えさえなければ、と詮無いことを思う。 「おー、なんか久しぶりの登場だな。元気だった?」  瀬尾の声がして、胡南が顔を向けるとテーブルの横に松本が立っていた。松本は、一年のときにつるんでいた仲間の一人だ。部活が忙しくてあまり放課後に遊んだりはしなかったが、普段の休み時間などはたいてい一緒にいた。二年に上がってからはサッカー部の遠征や大会でさらにあわただしく、学校行事にも参加できていないようだった。だからこうして顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。 「まあそりゃ、普通に元気だよな。学校来てんだし。おまえら相変わらずつるんでんのな。あれ、永嶋は?」 「あいつ今、別のやつといるからさー。あ、ここ座れよ。ちょうどいい、おまえも協力してくれ」 「は?」  松本は持っていた二つのトレイをテーブルの上に置いた。片方には定食が、片方にはラーメンが乗っている。さすが運動部、と胡南は感心する。座るなり割りばしを割り、白飯をかきこみ始める。 「協力って?」 「永嶋と胡南の仲直り大作戦だ」 「なんだそりゃ。おまえら小学生か。つうか、永嶋と胡南がケンカしてんの? そんなことあんのか」 「あるから困ってんだよ」  胡南は、どうやら自分のことのようなのに、自分のことじゃないみたいにその会話を聞いていた。みんながいろいろ考えてくれるのはありがたいけれど、仲直りはそう簡単ではない、と実感として思っている。目の前のトレイに乗ったきつねうどんの薄っぺらい揚げを箸でていねいに二つに割いていると、ふと目をやった遠くの席に永嶋の姿を見つけてはっとする。  いつもの、癖毛男子と一緒だ。何やらしゃべりながら、カレーを食べている。永嶋は、食堂に来たらだいたいカレーを食べる。あ、笑った。永嶋は、目つきは鋭いけれど笑うとふわりと優しくなる。なんだかとても、仲が良さそうに見えた。実際きっと、仲がいいのだろう。いつも連れ立っているし。  ――おまえのことなんか、もう。  また、思い出してしまう。  ――好きでもなんでもない。  ことあるごとに、思い返す。それで悲しい気持ちになることも、だいぶ慣れてしまった。  どんなにみんなが仲直りを画策してくれても、永嶋が胡南のことを、好きでもなんでもなくなったのは変えようのない事実だ。  そう、もう俺のことなんか、好きでもなんでもない。でももともと、好きだったっていうのが不思議な話だったのだ。あの言葉が本当だったとしたら、なんだって俺のことなんか。なんのとりえもないのに。永嶋が俺のことが好きなんて、きっと何かの間違いだったんだ。  でも、じゃあ。  ふいに、面白くないことが頭に浮かぶ。  自分のことが好きでもなんでもないなら、今は誰のことが好きなんだろう。  永嶋は、ゲイだ。そう言っていた。じゃあ、好きになる相手は男で間違いない。胡南が勘違いしてただけで、永嶋はとっくに心変わりしていたっておかしなことじゃない。  永嶋は今、誰のことを想っているのだろう。  もしかして、あの、隣にいる癖毛男子だろうか。だからあんなに、楽しそうにしゃべっているんだろうか。  胸の内が、黒々としてくる。  胡南だって、永嶋の隣にいたい。あんなふうに、笑ってもらいたい。  でも今永嶋の隣にいるのはあの癖毛男子だ。自分ではない。  こんなことを考えるのは嫌だった。永嶋が誰を好きでも別に、いいではないか。それが永嶋の幸せなら、胡南はそれを願うべきだ。 「こーなみ。何見てんだよ。あ、永嶋だ」 「え、あ、ほんとだ。なんだ、ここに誘えば良かったな」 「でも、連れがいるだろ」 「あー、いつものやつな」 「桐谷じゃん」 「え?」  みんなの視線が、松本に集まった。 「松本あいつのこと知ってんの? なんで? 同中?」 「いや。直接は知らねえ。兄貴があいつとバンドやってんだよ」 「は?」  初情報に、みんなが食いついてゆく。 「おまえ、兄貴いんの? てか、兄貴バンドやってんの? あいつと?」 「そうだよ。でも詳しくは知らねえぜ。俺、忙しくてライブとか行ってねえし」 「ライブとかやってんの?」 「らしいな」 「すっげえ」 「てか、これじゃね?」 「え?」 「だからさ、これ、使えんじゃねえの?」  瀬尾の言葉に、みんながよくわからないという顔をした。だからさあ、と瀬尾が身をのりだすと、みんながテーブルの中心に顔を寄せてゆく。胡南だけが、別のところを見ていた。  あいつ、桐谷っていうのか。  クラス替えがあってからずっと、永嶋の隣にいる彼が羨ましかった。それがどういう気持ちなのか、胡南はあまり考えたことがなかった。  今ならちょっと、わかったように思う。永嶋がもう、自分のことが好きじゃないということに落ちこむ理由が。永嶋が桐谷のことを好きかもしれないと思うと、胸がはりさけそうになる理由が。  桐谷が、トレイを持って永嶋と一緒に立ち上がる。そのまま食堂を出ていってしまうまで、胡南はその姿をぼうっと眺めていた。

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