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第4話
放課後、正門で待っていた辻と駅へと向かった。 大学の最寄り駅ということもあり居酒屋やファミレスが多く、どこも賑わっている。
「辻! こっちだ」
「西藤さん、お久しぶりです」
西藤と呼ばれた男は丸太のような腕を振りながら二人に歩み寄ってきた。近くで見ると筋肉の隆起がTシャツ越しでもわかる。
「友だち連れてきたんですけど、大丈夫っすか?」
「大歓迎だよ。今年は一年生少ないから困ってたし」
「ほら、浬。サークル長で三年の西藤篤志さん」
「……藍谷、浬です」
「藍谷ね。よろしく」
浬の目線の高さに合わせるように屈んだ西藤はにっこりと微笑んだ。そのさりげない気遣いに緊張していた気持ちが解れていく。
西藤に促されて近くのチェーン店の居酒屋に入った。金曜の夕方のせいか、学生だけでなくスーツを着たサラリーマンも多い。
店の奥の座敷に案内されるとすでに宴は始まって、一層騒がしい声が響いている。
テーブルには刺身や唐揚げ、ほっけなどの料理が並び、存在を主張するように大きなピッチャーがいくつも置いてあった。
「新入生を連れて来たぞ」
「いらっしゃーい」
すでに酔っぱらっている数人の大声に浬は面食らってしまう。固まっている浬をよそに辻は笑みを浮かべて迷うことなく座敷にあがった。
「こんにちは! よろしくお願いしやっす」
「……お邪魔します」
浬は小さな声で挨拶をしながらへこへこと何度も頭を下げた。 迷うことなく奥へ進む辻について行こうとすると西藤に腕を引っ張られた。
「藍谷はこっちの真ん中のテーブルに座って」
どうやら一年生は離ればなれにされてしまうらしい。助けを求めるように辻を見たが、すでに両側に先輩らしき女性陣に挟まれて談笑していたので、声をかけることはできなかった。
仕方がなく指定された席に座ると両隣には男女の上級生が迎えてくれた。 女は池本、男は竹谷と名乗り、二人は西藤と同じ三年生らしい。
池本からおしぼりや箸を手渡され、小皿に料理を取り分けてくれた。 面倒見のよい姉御肌なようだ。
母親以外の女性とほとんど話したことがなかったので目線に困り、視線を彷徨わせていると見られている気配を感じる。
顔を向けると正面のテーブルに浬を睨みつける男と目が合った。
「 羽場恵介くんだよ」
浬の視線の先に気づいた池本がさらに付け加える。
「福祉科の一年生。学部同じだから面識ある?」
「羽場、恵介」
声にのせると喉元に引っかかったような気持ち悪さがある。聞き覚えがあるような気がするが、はっきりとしない。
(なんだろう、この感じ)
ちりちりと焼かれているような燻りが口の中に残る。
羽場は浬を知っていた。知り合いなのか、それとも向こうが一方的に浬を知っているだけなのかそれすらも検討がつかない。
「このサークルがなにをやるか知ってる?」
池本の声に我に返り、浬は頭を振った。そういえば辻に新歓があると言われただけで、サークルのことは詳しく訊いていない。
「ここはウェルネスっていうボランティアサークルなの。身体障害者の介助や学童の面倒をみたり、近くの小中学校のイベントを手伝うこともあるよ」
「簡単に言えば人のために活動するサークルだよ」
「人のため」
竹谷の言葉は浬が犯してきた悪行をすべて洗い流してくれるような響きに聞こえた。
「少しは興味を持ってくれたかな?」
「はい」
「よかった。説明はこのくらいにして飲もう。お酒飲める?」
「一応二十歳ですけど、飲んだことないです」
「じゃあ無理しないでお茶にしようか」
しばらく三人で話していると後ろのテーブルが騒がしくなってきた。 振り返ると辻がピッチャーのまま酒を一気飲みしている。周りは笑いながらコールをかけ、辻が飲み干したピッチャーを天井高く掲げると、拍手が巻き起こった。
浬のようにおどおどせず、自ら率先して場を盛り上げる辻が眩しく映る。
あそこまでできなくて少しでも近づきたい。
もう『浬』のようにはなりたくなかった。
浬はウーロン茶を注がれたグラスを一気に喉に流した。
「やっぱり僕も飲んでみます」
「無理しなくていいんだよ」
「大丈夫です」
「じゃあ比較的飲みやすいやつにしようか」
空になったグラスに赤紫にオレンジが混ざった酒を注いでもらった。カシスオレンジといってアルコール度数も高くなく、飲みやすいらしい。
浬が一気に煽ると口の中にオレンジの味が残ってお酒というよりジュースに近く感じる。
「美味しいです」
「よかった。じゃあどんどん飲んで、たくさん食べよう」
池本に勧められるまま腹がはちきれそうなほどたくさんの料理を食べた。
感じたことのない高揚感に包まれて、浬は上機嫌に笑った。
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