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第5話

 くぐもった水音に浬は瞼を開けた。 目の前に広がる天井はこの半月で見慣れたものではない。  起きあがって辺り見回すと八畳ほどのワンルームにローテーブルと本棚、テレビと自分の部屋にあるものとは違う。  (居酒屋にいたはずなのに)   初めてのアルコールに気分がよくなったがすぐに眠気が襲ってきて、畳の上で寝ころがるとそのまま眠ってしまった、まではっきりと記憶している。  その後どうなったのかわからない。  もしかして誰かに連れて帰ってきてもらったのだろうか。   シャワーの音が止み、浬は 一つしかない出入り口を見つめていると、Tシャツにハーフパンツというラフな格好の羽場が入ってきた。  羽場は浬と目が合うと眼光を鋭くさせ敵意を向ける。  喉の奥が締めつけられたように苦しく浬は小さく喘いだ。  睨んではいるが、羽場が浬の面倒をみてくれたのは明白だ。 そこは人として礼儀を弁えないといけない。  「ごめんなさい……迷惑かけて」  「いつまでベッドにいるつもり?」  「すいません」  浬は転がるようにベッドから降り、ぐちゃぐちゃになったシーツを直した。  「早く帰ってくれないか」  浬の姿を視界にいれたくないのか羽場に背中を向けられ、ベッド下に転がっている浬の鞄を指さした。  浬は弾かれるように立ち上がったが、まだ酒が抜けきっておらず目の前がぐらりと揺れローテーブルに足をぶつけてしまった。 その拍子に白い紙がふわりと床に落ちる。  紙は一見ただの白紙に見えたが、目を凝らすといくつもの凹凸が神経質に並んでいた。  紙を目線の高さに掲げて日の光に当てると隆起した部分に斜光が差し、白い紙を反射して光を灯した。  それが連なると小粒の宝石を散らしたように輝いていて浬はまじまじと顔を近づける。  「星みたいだ」  指の腹で凹凸をなぞる。独特な触り心地だ。ぽこぽことした感触は少しくすぐったい。  『点字』という単語が頭を過ぎる。  これが文字になっているなんて信じられない。右から左、左から右にどうなぞっても浬には同じに感じる。  この星たちはなんと書いてあるのだろう。   ローテーブルに目を向けるとまっさらな紙とクリップボードに似たものが置いてあった。  その横にスポイトのような形に丸い部分が木製で、先端が針より少し太い尖った道具がある。  「これって点字? この道具はなにするものなの?」  「おまえに言う必要はない」  「そう、だよね」  早く帰れと言われたのに図々しく居座りすぎた。  「お邪魔しました」  羽場の横を通り過ぎ、玄関へ向かうと浬のスニーカーは几帳面に揃えられていた。  浬を嫌っているくせに靴は丁寧に置いてあったり、 布団で寝かせてくれていたり羽場の待遇がちぐはぐに感じる。  「それ持って帰るなよ」  「あ、ごめん」  持ったままでいた用紙を渡すと引ったくられた。 間近に迫る羽場の瞳は揺らいでいて、落ち着きがない。動揺しているのだろうか。  敵意むき出しではないことに浬は少しだけ気持ちが軽くなり、口を開いた。  「点字、勉強してるの?」  「……おまえがそれを訊くのか」  「どういうこと?」  浬が尋ねると羽場の鋭さが戻ってきて、浬に切っ先を向けた。どうやら踏み込みすぎたらしい。  「お邪魔しました!」  浬は逃げるように外に出て、角を曲がって息を吐いた。  どうして羽場は目が見えないわけではないのに点字があるのだろうか。  それにあの言葉の意味はなんだろう。  記憶の瓶に問いかけても返事はない。  考えても答えはでないのに羽場と点字を結びつけるものはなにか気になってしまう。  顔を上げると朝日が目にしみて、鼻の奥がつんとした。

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