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16. あの日のこと(蒼人視点)①

 太陽(たいよう)から連絡が来た時は、心臓が止まるかと思った。  いつもは家族や俺、身内と呼べる人間が常に一緒に出かけていた。  それが、今は俺が側について守ってやれない。だから不在の間、太陽に麻琴(まこと)を見守るように頼んでいた。  それでも、麻琴の自由を奪いたくなかったし、尊重してあげたかった。だから、太陽から報告があっても、クラスメイトと出かけることを止めなかった。      ──でも、俺の判断は間違っていた。  急いで連絡を受けた場所へ向かうと、そこはオメガのヒートに対応出来るホテルだった。  麻琴はここに……。  自動ドアすら開くのを待てないように、隙間から滑り込む。 「すみません! 由比麻琴(ゆいまこと)の身内の者ですが! 森島蒼人(もりじまあおと)です!」  正確なことを言えばもちろん身内ではない。それでもここへ来る前に、ちゃんとご両親と連絡を取っている。 「ああ、森島蒼人さんですね。お家の方から連絡を頂いています。……さあ、こちらへどうぞ」  そう言われて案内された一室。流石はヒート対応ホテルというだけあって、廊下にフェロモンは漏れていない。  ホテルの従業員は早口に簡単な諸注意だけ言って、あとはこれに書いてありますと用紙を渡してきた。そして、失礼しますと言って足早に戻っていった。  息を整えてから1つ扉を開けると、もう1つ扉が見えた。案内された通り、扉を完全に閉めてから次の扉を開ける。  2つ目の扉を開けた途端、いつもの比ではない量のフェロモンが室内に充満していた。 「くっ……」  ここへ来る前に、ある人物から『これはアルファ用の薬だから飲んで行くと良い』そう言って渡されたものを飲んできた。オメガのフェロモンを体内へ不用意に取り込まないようにする、抵抗薬だ。  予期せぬ事故防止には十分効果が期待出来るのに、自ら薬を飲もうとするアルファは少なく、フェロモン事故はオメガが原因とする風潮は未だに消えずにいた。そのせいか、抵抗薬の開発は遅れていて、出回る数も極端に少ない。   「……麻琴、わかるか……? 俺だ、蒼人だ」  広いベッドの片隅に小さく丸くなって横たわっていた麻琴に声をかけた。  よく耳を傾けると、小さな声で「あおとあおとあおとあおと……」と、呪文のように繰り返している。  こんな緊急事態なのに、麻琴が意識のはっきりしない中でも俺の名前を呼んでくれているのが嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。  けど、そんなことで喜んでる場合ではない。気を引き締めて麻琴を抱き上げると、ゆっくりと自分のフェロモンを出して、麻琴にまとわせるようにしながら、優しく体を擦る。 「ん……」  しばらく様子を見ていたら、僅かに意識を取り戻したのか薄っすらと目を開けた。けれどその目は焦点が合わず、ぼーっと遠くを見つめている。  もう一度名前を呼びながら、フェロモンの段階を少し強めると、「あ……おと?」そう言ってこちらを見たが、その瞬間、先ほどとは比べ物にならないくらいの、大量のフェロモンが一気に放出された。

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