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番外編 夏祭り(蒼人視点)②
「俺だって蒼人とゆっくり花火を見たいけど、音が大きくてドキドキしちゃうし、仕方なく帰る時が多くて悪いなぁって思ってたんだよ」
そんな事を考えていたのか……。
俺はいじらしい麻琴が可愛くて、ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れた。
「ありがとう。……俺は麻琴と一緒なら、どこにいても何をしていても楽しいから大丈夫だ」
俺の言葉に、麻琴はそっかぁ……と嬉しそうにつぶやくと、再び俺の胸へ顔を埋めた。
夏祭り当日。
屋台が並ぶ中、お揃いの浴衣を着て、ふたり手を繋いで歩いていた。
浴衣は宿のサービスで、サイズ違いでお揃いがあったのでそれを借りることにした。
初めは俺が差し出した手を、恥ずかしそうにちょっとだけ触れるように握ってきたけど「みんな祭りに夢中だから、気にしないでも大丈夫だよ」と伝えたら嬉しそうにぎゅっと握り返してきた。
俺達は番になっているから、夫夫 も同然だ。隠す必要もないし、照れることもない。
それでも、いつまで経っても初々しい反応を見せる麻琴が可愛い。
きっと年老いておじいさんになっても、可愛い麻琴のままなのだろう。
宿での食事もあるから、たこ焼きを1パック買って分けて食べて、あとは甘いわたあめでも買う?と言いながら屋台を探していた。
「あ! りんご飴食べたい!」
俺の手をするりと抜けて、急に走り出す。
幼稚園児か! とツッコミを入れたくなるような行動に、それも可愛いなと思いながら急いで後を追った。
「丸々1個の大きいやつが食べたいな」
目の前には、まるで宝石のようにキラキラと輝くりんご飴。その場でカットしてくれるサービスもあるらしい。
でもせっかくお祭りで買うなら、丸々1個のほうが雰囲気も出るだろう。
「ほらよ。落とさないようにしっかりと持つんだよ」
そう言ってりんご飴を渡された麻琴の顔をちらっと見ると、案の定、少し口をへの字にしていた。
確かに麻琴は年齢より若く見られると思う。オメガということもあってか、華奢だし一般男性よりも身長も低い。
全てのオメガが……というわけではないが、第二の性が判明する前から特徴が出やすいと言われている。
腰を下ろして食べられるところを探し歩いている間、麻琴は何やらブツブツと言っていた。
男としてのプライドだってあるし、気持ちは分かる。それでも俺は、腕の中にすっぽり収まるサイズがちょうど良いと思っている。本人には言えないけど。
時計を見ると、予定の時間をオーバーしてしまっていた。宿で夕食をとってから花火……と考えると、そろそろ戻らないといけない。
「麻琴。時間が無くなりそうだから、りんご飴は後で食べよう」
「もうそんな時間? 歩きりんご飴したかったけど、遅くなったら困るもんね」
歩きりんご飴って言い方、可愛いな。今度叶えてやらなきゃ。
「あおとぉ……」
少し歩くと、麻琴がピタリと歩みを止めた。
「ん? どうした?」
「足痛くなってきちゃった……」
しゃがんで足元を見ると、慣れない下駄で歩いたせいか赤くなってしまっていた。
「あー。痛そうだな」
俺はそう言うと、麻琴の前方に腰を落とした。
「ほら、背中に乗って」
「えっ……」
「ほら、時間なくなるぞ?」
「う、うん……」
『おんぶ』してやるよと背中を差し出した俺に、一瞬戸惑ったようだけど、時間がなくなると聞いて、遠慮がちに背中に身を預けた。
「ご、ごめんね。重いよね」
背中に感じる温もりと、耳元で申し訳なさそうに言う言葉に、俺は顔が緩むのを抑えきれなかった。
「大丈夫。背中に麻琴を感じられて、俺は嬉しいから」
言葉足らずが引き起こした事件以来、俺は心の中だけにとどめていた思いを口にするようにしている。言葉にすることの大切さを身にしみて感じたから……。
「っ……。ばかっ」
ばか、なんて言葉とは裏腹に、麻琴の俺への密着度は増していた。
こんな些細なことでも、幸せを感じる事が出来る日々に感謝しながら、少し急ぎ足で宿へと向かった。
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