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9. もう過去のこと

 森島(もりじま)くんたちが町を訪れた日の夕方。なぜか僕たち四人は、同じ食卓を囲んでいた。 「積もる話もありますが、まずは再会を祝してかんぱーい!」  グラス片手に、どこぞの宴会部長が発するようなセリフで、乾杯の音頭をとるのは由比(ゆい)くんだ。  にこにこと満面の笑みで乾杯を促されると、他の三人は戸惑いながらもグラスを静かに合わせた。  まじまじと見ることは出来ないけど、星司(せいじ)くんも森島くんも、かなり複雑な表情をしているように思う。もちろん僕だって無理やり笑顔を作るものの、気まずさが半端ない。 「なんだよー。みんなそんな顔してー。こんな偶然なかなかないんだぞ? すごいことじゃないか! おれ、びっくりしたけど、めちゃくちゃテンション上がってるんだよ!」  由比くんのこの人懐っこさは、高校時代から全く変わっていない。けれど、僕たちの間にあった出来事を、誰一人として忘れたわけじゃないんだ。  特に、最大の被害者は由比くんのはずなのに、僕たちへの態度があまりにも普通すぎて、どうして良いのか戸惑ってしまう。 「麻琴。佐久(さく)くんと飯田(いいだ)くん。……そして俺も戸惑ってんだけど」  このなんとも言えない空気に、由比くんの隣に黙って座っていた森島くんがポツリと呟いた。  森島くんの一言は、由比くん以外の三人の総意だと思う。 「んー。まぁ、そりゃそうだよなー。色々あったもんなー。でもおれ、そんな気にしてないよ」 「気にしてないって!」  あっけらかんとなんでもないことのように言う由比くんに、さすがの僕も口を挟んでしまった。 「だってさー。おれを陥れようとか悪意を持ってやったわけじゃないんだろ? 佐久くんは飯田くんのことを思っての行動だったって言うし。おれが大怪我したとか、病気になったとかでもないし。……だから、おれが気にしてないって言っても、だめ?」 「だって、僕たちはあんなことを……!」 「まぁ、たしかに色々とあったよなー。でも正直、あのことがあったおかげで、おれは蒼人への気持ちを自覚することが出来たし、番にもなることが出来たし、結婚して夫夫(ふうふ)にもなることができた。今めちゃくちゃ幸せだから、感謝しているくらいだよ」 「……っ」  由比くんのセリフは、真っ当なことを言っているようで、でもそんなに簡単に僕たちを許しちゃだめだって思いが込み上がってくる。 「俺達は、由比くんに許されないことをした。自分本位で浅はかな行動だった。由比くんが許したとしても、俺達は自分たちを許すわけにはいかないんだ」  僕が何も言えずに黙ってしまった隣で、今度は星司くんが苦しそうに言葉を絞り出して言った。  由比くん以外は、皆同じ気持ちだと思う。今回は偶然の再会だし、もしかしたら仕事相手になるかもしれないだけ。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。  嬉しそうに僕に抱きついてくれた上に、感謝しているくらいなんて身に余るような言葉をもらっただけで十分だ。それ以上は望んではいけない。 「それは当然だ。お前たちが麻琴にしたことは絶対に許されることではない」  星司くんの言葉を聞いて、今度は森島くんが口をひらいた。その言葉には、森島くんの由比くんへの思いがすべて詰まっている。言われて当然の言葉だと思う。 「ただ……。俺が許さないと思っても、麻琴が許すのなら、俺は麻琴の意志を尊重する。麻琴はずっと、二人のことを気にしていた。だから、俺からはこれ以上言うことはない。麻琴の意志に任せる」  僕は森島くんの言葉に驚いて、隣にいる星司くんを見た。星司くんも目を大きく見開いている。 「そんな……そんな甘いことを言ってもいいのか。もし俺がまた同じ過ちを犯したら、どうするつもりなんだっ」  星司くんは反論するように声を強めて言うと、テーブルの下で繋いでいる手に力が入った。僕は、星司くんのその手をぎゅっと握り返した。 「大丈夫。おれのことは蒼人が全力で守ってくれるし、佐久くんは飯田くんを守りたいんだろ? それなら、飯田くんが悲しくなるようなことは絶対にしないはずだから、大丈夫」  由比くんのセリフに、力の入っていた星司くんの手が緩んだ。そして視線をテーブルへ落とすと、大きく息を吐いた。

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