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18 お試しで

 お土産で買ったワインを飲み終えた後は、宿おすすめの地酒や地ビールなどを楽しんだ。  オレもそれなりに飲める方だけど、多分、凛太郎(りんたろう)はお酒に強いんだと思う。頬の色がわずかに変わっているような気もするけど、そのほかはいつもと変わらない。  オレは、凛太郎と他愛もない話をしながら酒を酌み交わすのが楽しくて、つい飲み過ぎてしまっているように思う。  今日は凛太郎に、大切な話をするつもりで来たんだ。酔い潰れてしまってはいけない。  オレは、手にしていたグラスを机の上に置くと、ふぅと小さく息を吐き、静かに口を開いた。 「なぁ、凛太郎」 「はい、なんですか? 太陽(たいよう)さん」  凛太郎も楽しく飲んでいるんだろうな。普段と変わらないようでいて、どこかいつも以上にニコニコして嬉しさが滲み出ている。 「……あのさ。オレ、友達の橋渡し役になったり、背中を押したり、そんなことばっかしてきたんだ」 「そんな感じがします」 「だから、自分自身の気持ちに疎いというか……今まで恋愛をしたことなくて、この感情がなんなのかわからなくて、何度も自問自答したんだ」  オレの言わんとすることが伝わったのか、さっきまでニコニコしていた凛太郎の表情が変わった。そして、オレの次の言葉を黙ったままで待っていてくれる。 「正直、今も正解がわからない。……けど、凛太郎といるのが当たり前になっていて、隣にいるのがこんなに心地よいと思える存在になっているんだ。……もしこの感情を恋というのなら、オレは凛太郎に恋をしているのかもしれない」  ここまで話をすると、凛太郎の息を呑む声が聞こえた。 「太陽さん……僕、何か今、幻聴が聞こえた気がします……」  期待をしているような、困ったような、複雑な表情の凛太郎が、かすかに震えた声で言った。 「この後に及んで、『かもしれない』なんて曖昧な言い方でごめんな。でも、オレはこの気持ちが恋だと確信を持ちたい。……だから、オレたち、お試しで付き合ってみないか?」 「――!」  凛太郎の目が、大きく見開かれた。  そして、何かを探すように瞳が彷徨う。 「あの……やっぱり、僕の耳には幻聴が……?」 「幻聴なんかじゃない。オレは、凛太郎と付き合いたいんだ」  さっきは『お試しで』と言ったけど、付き合いたいと言ったのは、決して中途半端な気持ちではない。オレなりに考え出した答えなんだ。  凛太郎は、どう思うんだ? って聞こうとした途端、オレは思い切り凛太郎に抱きしめられていた。 「僕、嬉しいです。お試しでもなんでも、太陽さんと付き合えるなんて!」 「いいのか? オレの都合のいいように、お試しなんて言ってしまったんだぞ?」 「いえ、太陽さんらしいなって思います。すごくたくさん考えてくれて、出した答えなんですよね? とても誠実で、太陽さんはやっぱり、僕の思った通りの素敵な人です!」  苦しいくらいに凛太郎に抱きしめられたオレは、ギブアップと言うように、背中をぽんぽんと叩いた。 「凛太郎、ちょっと緩めてくれ」 「ああ、すみませんっ」  離れようとした凛太郎を、逆にオレは引き寄せて抱きしめた。 「離れろとは言ってないぞ。……もう少し、このままで話をしたい」 「太陽さん……」  凛太郎の温もりがとても心地よくて、オレは離れがたくなってしまったんだ。  お試しでなんて言ってしまったけど、こんなふうに思う時点で、オレの答えはもしかしたら決まっているのかもしれない。  でも『お試しで』付き合うのが、オレたちらしいのかもしれないと考えて、思わずくすくすと笑い出してしまった。 「オレは恋愛に不器用で、お前を困らせてしまうことも多いかもしれない」 「僕が太陽さんのことで、何か困ると思いますか? 中学生の時から、離れていてもずっと太陽さんのことだけを考えて生きてきたんです。それを考えたら、今こうやって一緒にいて、太陽さんの温もりを感じることができて、もうそれだけで僕にはこの上ないご褒美なんです」 「そうだよな、凛太郎はそうやっていつでもまっすぐに、気持ちをオレにぶつけてくれた。これからは、一方的ではなくて、オレも思いを伝えられるようになりたい」  凛太郎を自らの手で抱きしめたまま話をしているのは、心地よいからだけじゃなく、本当はちょっと恥ずかしいからなんだ。――恋愛に不慣れすぎるよな、オレ。  オレは、凛太郎を抱きしめていた腕の力をゆるめ、体を離した。そして、まっすぐ凛太郎を見ると、凛太郎としっかり目が合った。 「太陽さん。僕たちは……恋人ということで、いいんですよね?」 「ああ、今この時から、オレたちは恋人同士だ」  オレと凛太郎は、ぎゅっと両手を繋いだ。 「嬉しい。よろしくお願いします、太陽さん」 「恋人同士なんだ。さんはいらない、太陽って呼んでいいぞ?」 「えっ……。急にそんなこと言われても……追々でいいですか? 急展開すぎます!」 「そうだな。まだ『仮』の恋人だもんな」 「あっ、そう言われると、なんか複雑な気持ちです……」  オレがほんの少し意地悪を言ったら、凛太郎は分かりやすく一瞬顔を曇らせた。  はしゃいだり、急にしょげたり、本当に凛太郎は表情がコロコロ変わって面白い。 「冗談だって。お試しとはいえ、ちゃんと恋人だよ。これから、ゆっくりと思い出を作っていこうな。オレも、もっと凛太郎の気持ちと、オレの気持ちと向き合っていくから」 「はい! たくさんの思い出を作りましょうね! 僕の気持ちはずっと変わりませんから、安心してください!」  そう言って凛太郎は、嬉しそうにオレの頬にちゅっとキスをした。

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