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第11話 引導

 陽太の声に驚いた綾人が、何事かと貴人様の方を見てみると、そこには真っ白に光り輝く貴人様の姿があった。それは、完全に変化した状態で、肩には真っ赤に燃える火の鳥が乗っていた。普段は右目に隠れている迦楼羅だ。  そして、貴人様本人は、プラチナブロンドの獅子のような髪を靡かせ、紫色の装束と金色の装飾を身につけていた。何よりも驚いたのが、存在そのものが光輝いている事だった。 「私は、この宇宙の範囲内なら、空間は自由に操れる。だから、ブラックホールが出来たとしても、それも私の自由にできる。そもそも、あの子は私の子供だ。いくら悪行を重ねたとしても、私を超えることは出来ない。だから慌てるな。いいな?」  そう言いながら優しく微笑んだ。陽太はその柔和ながらも力強い表情を見て安心したのか、「……はい」と言って落ち着きを取り戻していった。貴人様はそれを確認すると、ブラックホールへと対峙し、手を翳した。  すると、その手のひらにどこからともなく、光が集まり始めた。その光の塊は上昇しながら段々と光量を増し、どこにブラックホールがあったかもわからないほどの大きなものとなって、空を埋め尽くした。  光が大きくなればなるほどに、周囲の温度が上がる。汗を流しながら経緯を見守っていると、あたり一体に白い蒸気が上がり始めた。 「え? なんかジュウウウって言ってない!?」  火災が鎮火される時のような、ジュウウウという水が蒸発するような音がしていた。それだけはわかったのだが、眩しすぎて誰も目を開くことができない。そのままなす術もなく立ち尽くしていた一同を、大きな爆発音が襲った。 「うわあああああ!」 「きゃー!」  ドーンという重苦しい爆発音が響いたかと思うと、地面が激しく揺れ、ビリビリと空気が振動した。見渡す限りが収まりつつあった光の白さに、蒸気が重なって再びあたりは真っ白になっていく。 「……水蒸気爆発?」  陽太がそう呟くと、「そうだ」と貴人様の声が聞こえた。眩しすぎて何も見えなかったため、詳しいことはわからない。次第に靄が晴れて来ると、ブラックホールがあった場所は元に戻り、その周囲に小さな光の粒がキラキラと舞っていた。 「くそっ! 本当に鬱陶しい奴らだわ! 全員一緒に潰してやる!」  ブラックホールの攻撃が効かなかったとわかった途端に、百合子はまた圧力による攻撃を仕掛けてきた。ズゥンと肩から地面にめり込むような強い力がかかってきた。 「うわあああああ!」 「きゃー!」  守りのついていない人間三人が、地面に張り付いて潰されそうになっていた。綾人が助けようと振り返った途端、さくら様が前を遮った。 「心配ない、お前は百合子を斬りなさい!」  そう言うと、右手首を返しながら手を差し出した。手のひらを天に向けて開くと、そこに桜の花びらが数枚乗っているのが見えた。さくら様はそれにふうっと息を吹きかける。すると、その花びらは水龍となり、伏せている三人の方へと向かっていった。  その水龍は、陽太・凛華・桃花のそばまで来るとパアンと音を立てて弾け、ドーム状に変化した。どうやら水のドームで囲むことで、外の圧力から三人を守ってくれるらしい。  それを見ていた綾人に、さくら様が「早くやりなさい!」と声をかけた。ハッと我に返った綾人は、百合子の方へ向き直った。  百合子は、ウルが放った矢で結界を張られているため、それより外には出ることが出来なくなっていた。それでも圧力の攻撃はジリジリと増し、身体中の骨が軋む音が聞こえ始めていた。 「綾人、俺はタカトが拒否するから攻撃が出来ない。お前が雅貴の体を斬れ。イトと|瀬川《ウル》はそれを援護するために百合子の動きを完璧に封じろ。その結界も、あと数分しか持たないかもしれない」  貴人様の言う通り、百合子の憎悪はウルの矢の結界を少しずつ灰に変えていた。ボロボロと崩れ落ち、今にもそこから動き出しそうな状態だった。 「動けないようにすればいいんですね? じゃあ……」  恵斗は杵を構えた。この杵は伸展する。そして、恵斗には百合子を倒すことに対して、一切の躊躇いがない。 「じっとしてろよ、お嬢さん」  そう言って狙いを定めると、その先端を百合子の腹に向かって一気に伸ばした。 「ううっ……!」  ドスっと言う鈍い音がして、百合子の体の中心に杵が突き刺さった。息をつめた百合子は、体を痙攣させて動けなくなった。杵を中心として、じわりじわりと赤黒いシミが広がっていく。  雅貴のスーツの色が濃紺だったためわかりにくかったのだが、次第に地面に血溜まりが出来始めたことで、イトの攻撃が致命傷を与えたということはわかった。  ただし、それは雅貴の体にとっての致命傷であって、百合子には問題ない。ここで畳み掛けて百合子自身を強制的に祓わなければ、おそらく二度とチャンスは訪れないだろう。  綾人は剣を構えると、百合子に向かって猛進した。  走り始めたタイミングで、頭の中にある映像が映し出されてきた。  その中にいるのは、幼い日の百合子のようだ。  陰子として売られ、才を認められ舞台に立った。生きる希望を見つけ、必死に努力を重ねた挙句に乱暴され、刺された。恐怖心から舞台に立てなくなり、茶屋へ売り飛ばされた。  そこで陰間になることなど出来る訳がなかった。好きでもない男に体を弄られると、途端に腹の傷が疼く。その時、命の危機を感じないわけがない。そんな百合子が、身を売ることなど出来るわけが無い。  それでも、借金を抱えている身としては逃げ場がなかった。  そこに現れた救世主。そんな人を好きにならないわけがない。  綾人が映像の中の百合子に同情心を持ち、一瞬決意が鈍った。その時、心の中に、ある声が響いた。 ——かわいそうだよね。だからこそ、正道に戻してあげましょう。消滅させることが、何よりの優しさだと思うわ。 「……ヤト?」  目の前に、鶯色の着物を着た美しい人が、柔らかく微笑んでいるのが見えた。それが前世の自分であることは、なぜだかすぐにわかった。  何度か記憶の映像を見たことはあった。ただ、それはヤトの目を通して見たものだったため、ヤトの顔を見たことが無かった。そのヤトが、綾人にしっかり罪を償わせるべきだと言って来る。  綾人はヤトの考えに心から同意した。そして、思いっきり剣を振りかぶると、百合子の正中線を辿って一気に振り下ろした。 「……っ!」  切り付けられた百合子は、言葉も無く動きを止めた。それでも綾人は、その手を緩めようとしなかった。 「自分の罪に向き合わない限り、お前の望む幸せは手に入らない。ちゃんと償ってこい!」  そう叫びながら、袈裟懸けに斬った。そしてそのまま体勢を立て直すと、今度は恵斗の杵の横に剣を刺す。 「選別だ。少しでも罪を減らしていけよ」  バリバリと雷鳴がしたと思うと、落雷の激しい衝撃が起きた。綾人は、百合子の魂の罪を浄化するために、剣を通して電撃を放った。 「……がっ! ぐ、ぅ」  雅貴の体は、白目を剥いて地面に倒れた。そして、その体から半透明に透けている百合子が現れ、膝からゆっくりと崩れ落ちていった。  倒れた百合子の周りには、金銀のキラキラした鱗粉のようなものが舞っていた。これは百合子の魂が完全に浄化されたことを表している。    このまま消滅すれば、今度は別の人格として、魂は新しく旅に出ることができる。綾人は百合子の方へ歩み寄り、声をかけた。 「百合子さん。さっき、ヤトが俺に言いました」  伏せたまま首を捻り、音も無く涙を流していた百合子は、綾人の言葉を聞こうとしていた。その目には、正常に戻った瞳があり、そこには心なしか、安堵の気持ちが宿っているようにも見えた。 「正男さんが、あなたを待っていますよって」 「ま、正男……が? 私は……利用した、のに?」  正男は、ヤトを殺した百合子を庇い、罪を被って死罪になった。そして生まれ変わる直前に、百合子の素行が悪かったため、結局捕まってしまい死罪になったことを知った。  自分の死が無駄になったことで百合子を恨んでしまい、執着して正男もまた悪霊になっていた。百合子が転生するたびに恨みを蒸し返すような誤った方向へ導いてしまっていたのは、正男の執着の影響もあった。 「正男は、俺とウルで先に送ってきた。次の生では、ちゃんと二人で幸せになりなさい」  貴人様は、百合子へそう声をかけると、大粒の涙をこぼした。その涙が百合子の周りにこぼれ落ちると、百合子はまた少し輝きを取り戻した。 「今度は素直に正男さんに甘えてあげてください。そうすれば、何も拗れないからって」  百合子はヤトの言葉を反芻すると、綾人に向かって穏やかな笑顔を向けた。 「……なんだか、楽になった気がする」  そして、ゆっくり薄れていき、夕暮れの空に微かに響く「ありがとう、綾人」という言葉を残して、消えていった。

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