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カブノクニ

 去年、大学生になった。歌舞伎役者の両親も祖父母も大学に行っても行かなくてもいいよと言っていたが、何か救いの様な物に期待をして進学したのに、初舞台から小中高と大して変わらず、学業、お稽古、舞台と、めちゃくちゃな事になったのは言うまでもない。夏休みが来る頃には、もう幾ばくか参っていた。いや、相当に参っていた。  誰かに抱きしめられながら、今日の舞台は素晴らしかったよと褒められたい。今日のレポートよく書けてたよと褒めてほしい。出来れば好みの男性に。  ここが問題であった。跡取りをいずれ必要とする。メディアも既に期待している様な雰囲気。誰にも悟られない服装や見た目に扮装して、顔を隠してゲイ向けのクラブイベントというものにふらりと行ってみても、今まで遊んだ事も無い僕は、何も出来なかった。声をかけてくれた男性に驚き、見つめただけで逃げられた。表情筋が舞台上の動きをした気がする。それは睨みである。逃げて当然だ。  何度か繰り返してはみたが、すぐに諦めた。立て続けに行ったのが良くなかったのか、最後の日は誰も声をかけてこず、声をかけようとした人に「あの子話しかけられるの嫌みたいよ……」と、忠告する声が聴こえた。大音量の中でも聴こえるのだから、とても惨めな気持ちになった。  そんな体たらくをかまし、未だに大学に友達もおらず、夏休みが始まる日からお稽古が本格的に始まるまでのギリギリ三日間、僕は失踪する事にした。舞台に迷惑をかけてはいけないのできちんと書き置きをして出かけた。  『三日ほど家出いたします。探さないでください』  食卓に置いておいておこうかと思ったが、風で飛ぶといけないので家政婦さんに預けた。そんなこともありますよね、お気を付けてねと、微笑んで送り出してくれた。  思い立った場所に七時間弱かけてたどり着き、大量のスーパーカブが潮の如く渦巻き、騒音と排気ガスをまき散らす中、子供の頃の記憶とインターネットを頼りに家族と泊まったことのあるホテルに向かう。たまたま一室、というより一棟だけ空いていてほっと胸を撫で下ろしたのだ。予約くらいしておくべきだったと思った。  プールつきのヴィラの様な所で、フロントから部屋までカートで向うと、こぶりながら植物性の素材で作られた贅沢なドーム型のヴィラで、ゆったりとしたひと時を……なんてする間もなく、スマートフォン片手に、コールボーイを探し漁るのであった……  「日本語オッケー、日本語オッケーうーん」  「お客さん、男?女?」  「おっおと、おとこ……」  荷物を運んでいた男が、話しかけてくる。  「ここが安全だよ。ホテルもここの子は通すからさ」  「う……ありがとう……」  恥ずかしくて死にそうになりながらも、見せられた男のスマートフォン画面の日本語オッケーと書かれた番号に電話をする。  「にほんごね、にほんごオッケーなこきょうにんき、ひとりしかもういないよお……どうする?」  どんな子だかさっぱりわからないが、とにかく身体に触らせてくれたらそれで良かった。  そうして僕の元に現れたのが、チャーンだった。  「うちはオーラルもゴム必須でーす、一応高頻度で検査もしてるよ。本番もオッケーだけど料金はこのくらい、先に精算」  頷いて、お金を渡す、とりあえずフルで丸一日の料金だ。  「じゃあ、お風呂一緒入ろうか」  ニコッと微笑んだチャーンから目を背けてしまった。可愛かったのだ。とてつもなく、好みだったのだ。丹精で、少し日本的な華奢な鼻梁なのに目は大きい。褐色の美しい肌をしている。黄金がよく似合いそうだ。  繋いだ手は繊細で、南国の空気に負けない程に暖かい。  「今日一日、僕はきみ……うーん」  「祥明です」  「ん……?ヨシアキ?」  「オオツカヨシアキです」  「ふーん」  なんだか、思案気な表情をしつつ、あまりにも日本語が流暢なので気にしなかったが、もしかしたら発音がしにくいのかもしれないと、反省した。  「うーん、じゃあ赤黒だし今日からタオトーン、僕はチャーンって呼んで、アレが長いからなんだよ」  「はぁ……」  良くは分からなかったが、源氏名の様なものなのだろう。  少し話しているうちに、いつの間にか全裸にさせられていて驚いた。シャワーを頭から浴びて、泡立てた石鹸で滑らかに洗われる、肌の上を誰かが撫でるのは整体以来で、しかもこんなに優しくはない。それだけで、あたまがぼうっとした。  「元気だね」  気付けばピンと上を向いていた。  「キスしようか」  硬直して、動けなかった。  「もしかして……初めてなの……?」  頷くつもりで首をまげたが、そのまま戻せなくなってうつむいたままになる。  「キスしたくない?」  「そ……じゃなくて……」  「キス、したい?」  「ひぃ……」  ぎゅっと目を閉じて、微かに頷く。  ふわっと、頬に手が触れて、緊張で唇に力が入って、硬くなる。そこに、恐ろしく柔らかくて、熱くて、何だか凄い、凄いとしか言えないものが触れて、それだけで、腰が抜けてしまった。  ガシッと支えられてからゆっくり床にへたり込む。見上げると、困ったような顔のチャーンがいた。こんなに何も出来ないと思わず、泣けてきた。涙はシャワーで流れてしまうからバレていないかもしれないが、ヒクヒクと喉が鳴ってしまう。  「嫌だった?」  首を横にふるので精一杯だった。  「はは……たまらないね……」  ベッドに押し倒されて、ゆっくりと、唇を合わせる。  「はぁっ……」  息ができず、思わず口を開けると、下唇に吸い付かれて、そして、舌で撫でられた。  身体がガタガタ震えてきて、唇と唇が再び触れ合った時に、舌先が触れた。ほんの点の様な触れ合いに、ビクリビクリと身体が反応した。口から奇声が漏れていたかもしれない。もう、下腹部はびっしょりと濡れていた。そして、チャーンの手が少し強く僕の顔を掴むと、ぐいっと中に押し込まれた、そして、その這入ってくる感覚に身体が痺れ、そして、射精してしまった。  「あぁ……あ……出ちゃった……」  「気持ちよかったね……」  「こんな……こんな事……恥ずかしい……」  「すっごく嬉しいよ。キスだけでそんなに気持ちよくなってくれて凄く嬉しいよ。それに、初めてなのに頑張ったね……」  ぼたぼたぼたと涙が出てくる。  「タオトーンは泣き虫だね。かわいいね」  考えてみたら、人前で泣いたのは、幼い頃以来かもしれない。チャーンは抱きしめてくれた。  「キスだけでこんな事になったの初めてかも……」  チャーンの下腹部を見て、ギョッとした、大きくて長いものがずっしりとそこにある。  「ははは……これが僕のチャーンの本領です。受け身じゃないと仕事にならないんだ」  そうなのか……と、無知な僕は曖昧に頷くしかなかった。  「触ってみる?」  「いいの……?」  「もちろん」  恐る恐る手を伸ばして触れると、手と同じか、それ以上に熱い褐色の大樹は、ふるりと震えた。  「自分の気持ちいいところ触ってみて」  頷いて、雁首を撫でてみる。  「僕もそこ好き……」  息を吐きながら、うっとりとした顔で見つめられると、凄く嬉しくなって、もっと気持ちよくなってほしくなった。  「あ……どうしたら、良い?いける……かな……?」  「じゃあ……手はこうして、タオトーンからキスしてくれたらいけるよ」  手を重ね合わせて、一緒に動かされながら、キスをするまでいく気がないよと、手が物語っている。目の前の人を喜ばせたいが、とても恥ずかしい。  恐る恐る近付いて、目を閉じて、ぐっと顔を突き出せば、勢い余ってガチりと歯がぶつかったが、すかさず後頭部を捕まえられて、ぐちゅりと口内を弄られる。そして、握られている手がいっそう素早く動くと、彼の喉がヒクリと揺れて、ペニスがビクリビクリと痙攣し、手が急にびっしょりと濡れた。  「あっすごい……いってくれた……」  「うん……気持ち良かった……ありがとう」  おでこを突き合わせて、息を整える、何だか温かい気持ちになった。  「一旦休憩して、またいちゃいちゃしようよ」  「うん……」  「ねえ……明日も一緒に過ごしたい……」  僕は鞄の中から、換金して持っていた全てのお金を渡した。

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